第23話 逃亡のプロと巫女
「遠野さんが目を覚ましました!」
目を開けると病室らしい天井が見えた。
消毒液の匂い、廊下を行き交う足音、やけに冷えるエアコン。
俺は窓から外を見た。
(ボロ別荘近くの病院か)
病室のテレビでは九条榛奈の写真集が発売されると騒いでいた。
九条商会の看板娘は春風のような笑顔でインタビューに応じている。
なぜか妙に懐かしさを覚えた。
(わけがわからん)
俺はテレビを消して寝返りを打つ。
肩と腰に激痛が走った。
その時、ベッドの端から何かがぽとりと落ちた。
看護師に何か捨てたとか思われるのは面倒だ。
ため息をついた。
そして、激痛に耐えながらゴミを拾う。
折り鶴だった。
折り目がズレていて、首が明後日の方向を向いている。
まるで子どもが折ったような。
一生懸命、完成させた折り鶴。
(誰が置いていったんだ)
その時、病院の廊下がざわついている。
「ちょっと、おやめください。面会謝絶です!」
「祈里様!手続きが済むまでお待ちください!」
足早な靴音が近づいてくる。嫌な予感がした。
病室の引き戸が開く。
そこには学校の制服を着た女子高生がいた。
長い髪を組紐で束ねて、短いスカートを履いている。
「ほらね」
少女は自信に満ちた顔で、そう言った。
俺は呆気に取られた。
「何を言ってるんだ?」
少女は少し不満そうな顔をした。
それから恥ずかしそうに視線を落として、言った。
「宣言通り、私はあんたを見つけたって話よ」
◇◇◇
その少女は、神職団体の人間を何人も連れていた。彼らが手続きを済ませると、完治もしていないのに、俺は転院名目で病院を出されることになった。
(どこへ連れて行かれるのやら)
車に揺られながら外を眺めていた。
俺は3ヶ月ほど入院していたらしい。
ダンジョンのゲート付近で倒れていたという。
「なんで不満そうなの」
「いや、なんでこんなに親切というか強引というか———」
(俺は1人で過ごしたいんだがな)
それにしても相変わらず自分勝手なやつだな。
ん?相変わらず、ってなんだ。
「そうね。まず私の名前、当ててみて」
「なんだよ、それ」
こいつは暇なのか?
女子高生だろ。
17歳くらい。
どんな名前が流行った世代か知らんな。
なんか勝ち誇った顔してる。
幸せそうなのはわかる。まあ年齢的に充実してるんだろうな。
「ねぇジト目してみて」
「やったことねぇよ」
「いいから!こう、やって」
少女の真似して目を細めてみる。
彼女の体にはキラキラした靄のようなものが見える。
「キラリちゃん、か?」
「はずれ」
「ってぇえ!」
キラリちゃんが手刀で首を殴ってきた。
病人を労らないスタイルか。俺は車からの脱出方法を模索していた。
「これ、覚えてる?」
そう言うと、俺の手に何かを置いた。
折り鶴だった。
「ああ、さっきベッドで拾ったな」
俺は病室で拾った折り鶴を取り出し、少女が渡した折り鶴の隣に並べた。
痛かった。
傷口が疼いた。
あまりの痛さに、涙が溢れてきた。
赤い靄が見えた気がした。
そして、いつの記憶かわからないが2人の名前が浮かんできた。
「———祈里か、……火凛は、どうなった」
(なぜ忘れていたんだ)
自分の記憶なのに、自分のものではないような不思議な感覚がある。
子どもの頃に見た映画の題名だけを思い出した時みたいに、輪郭だけが浮かんでいる。
「ドローン、映像検索。ゲートの子」
祈里が指示を出すとホログラム映像が現れた。
そこには1人でゲートの前に立っている子どもがいた。
赤い着物を着ている。
その子どもに取材班がマイクを向けているようだ。
「彼女が火凛、何も喋らないの。でも3ヶ月くらい前から人気なのよ」
「この子が火凛」
「うん、たぶんそう。あんたに会えば確信できるかなと思ってさ」
それで祈里は俺のところへ来たのか。
俺は折り鶴を見た。
3ヶ月前に何があったんだ。大切な何かを失ったような気がする。
「ずっと入口の前に立ってるんだって」
「3ヶ月間か」
「今から迎えに行くよ」
突然、サイレンの音が鳴り響く。
周りの車に合わせてブレーキがかけられた。
「怪異注意報、怪異注意報。直ちに避難してください」
「この付近に鬼が出たと通報がありました」
なんだこれは。
ダンジョンの外に怪異がいるのか。
「たぶんだけど、これが当たり前らしいの」
祈里も違和感を覚えているようだ。
しかし、運転手をはじめ周りの通行人などは慣れた様子で避難をしている。
この3ヶ月間で何があったんだ。
血が足りないのか頭が朦朧とする。
「ダンジョンの外にも怪異がいるのって、やっぱり変だよね?」
「ああ、そう思う」
少なくとも祈里の認識は近いと思った。
彼女は俺の反応に安心した様子だ。
ふとテレビに映る九条榛奈を思い出した。
俺が危ない奴でなければ、九条とも因縁があるのかもしれない。
「そういうわけだからさ、鬼が来る前にゲートへ急ぐよ」
俺はホログラムに映る火凛を見ながら、頷いた。
<角なし忌子、鬼門の子>
<私を祓って>
<遠野が一緒なら逃げる>
少しずつ記憶にない言葉が追いかけてくる。
火凛を3ヶ月も待たせてしまったのか。
祈里との記憶も断片的だ。
彼女は巫女だった。
狂犬で危なっかしい巫女。
いつも逃げ回る俺とは違う。
でも、祈里の目的地も同じように感じていた。
自分を終わりにしてくれる場所を探している。
そうだ、だから俺は一緒にいた。
いつでも逃げられるようにしていた。
「大丈夫よ」
「なにが?」
「世界が変わっても、あんたは逃げ切るし、私は見つける」
俺は頷き、停車したままの車から降りた。
祈里が、近くのゲート反応地点をホログラムで表示する。
鬼が現れたと通報された場所と、ほとんど重なっていた。
俺は痛む体を引きずりながら、ゲートへ向かった。
お迎えの時間からだいぶ遅れてしまった。
俺は今から末っ子を拾いに行く。




