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第21話 お姉ちゃんが迎えにきたよ

九条本宿が襲われる。


そんな噂が瞬く間に広まった。

街道にいた探索者や商人、異界人は蜘蛛の子を散らすように姿を消した。

戸を閉め息を潜めた人々は言う。

昨日のボヤ騒ぎが原因らしいと。

そして、それはすぐに現実のものとなった。


「居住区への侵入はおやめください!!」

「こらっ!そこで店を開くなぁ」


九条本宿の中にある居住区。

そこに大量の商人が押し寄せた。

ハルナ商人団だ。


はじめは許可証のある数人が門を開けた。

その後ろに並んでいた行列が門へ殺到した。

九条榛奈の側近なら攻撃できても、行商人までは撃てないようだ。


(結局、九条商会も商売人ってわけか)


「さてと、次は俺たちの番だな」


俺は居住区の空き倉庫へと入った。

山賊たちは事前に掘ってあった洞窟を拡張していた。

地上ではなく、地下からの侵略。


「大勢で逃亡するなら洞窟経由に限る」


そう俺が宣言したからだ。

地下施設には、想像より多くの人が収容されていた。

地上へ出るより、そのまま山賊の村まで逃げた方がいい。


「弥七、山賊の穴掘り技術って凄いな」


まさか半日で四方に洞窟を作るとは思わなかった。

山賊の技術を甘くみていたようだ。


「さいしょわぁ、ちぃさくほるけぇかんたんさぇ」

「それじゃあ、今は洞窟を広げている段階か」


弥七が頷く。

たしかに子蜘蛛が土や石を運び出しているのも早い理由だろう。

土蜘蛛は土地を護っている。

あのハイトーン&ハイテンションな山賊長を思い出す。

地下は山賊と蜘蛛の縄張りみたいなもんだ。


「人間なんぞ恐ろしくて近寄れまい」


思考が怪異みたいになってきた。

俺はドローンに向かって「てへぺろ」をしてみた。

おじさん版てへぺろを見せられるとは思うまい。


”死ぬのが怖くないのか”

”なぜ緊張感がないのか”

”どうして逃げ続けるのか”


そんなコメントが来るたびに思う。

逃げられなくなる場所を探しているだけだと。

言い換えると【俺は終わっている】わけだ。

だから「てへぺろ」する。

批判されようがバカにされようが構わない。

それが原因で逃げ場がなくなるなら本望だ。


「遠野さん、ドローンを一斉休眠します」


柿崎が準備完了の合図を送った。

ドローンが裏回線へ接続して、P2Pのビデオ通話が表示された。

九条榛奈がホログラムで表示された。

なんだか映画のワンシーンみたいだ。

動きやすそうな黒のスーツを着て、髪をポニーテールにしている。


「黒スーツ、決まってるな」


祈里を思い出して服装を評価してみる。


「それは可愛い町娘に言ってあげてください」

「ああ、そうするよ」


俺と弥七が洞穴へ入ると、六平たちが続く。

俺は地下施設から最も近い東側から潜入した。




—————私は居住区の自室へ戻ってきた。


私を護って銃で撃たれた侍女たちの姿はない。

だけど、床には夥しい血痕が広がっていた。

胸が張り裂けそうだった。


あの娘はミルク入りの紅茶が好きだった。

あの娘は沢山の花を育てていた。

あの娘は花火職人を目指していた。

あの娘は護衛の1人に恋をしていた。

あの娘は先月、結婚式を挙げたばかりだった。


みんな消えた。

私が消してしまった。

少しだけ待っていて、時間を頂戴。

最後のわがまま。

大切な人を救ったら、すぐに私もいくから。


自室の隠し扉を開けた。

ここは緊急時の地下病院へ避難できる場所。


昨日は内側から鍵がかけられていて入れなかった。

内部から攻撃されるなんて想像もしていなかった。

あの日、九条榛奈も死んだ。


「お頭、もうすぐ施設に入るぞ。後ろへ」

「わかりました。みなも下がって」


先頭を行くのは、ハルナ商人団の傭兵だ。

金次第で平気で裏切る、とても信頼できる人たち。


「お嬢様!前に出ないでください!!」

「お頭!こっちだ!!」


地下病院は幼い頃の記憶の中とは全く異なっていた。

野戦病院みたいな場所、だから近づきもしなかった。

今では豪華な研究施設へと変貌していた。


地下施設の中央吹き抜けに出た。


白い回廊が円を描く、巨大な縦穴。

はるか下、最下層に中央広場らしき空間が見える。


侍女も、護衛も、私の周りにいた者たちは地下病院の実態を知らなかった。

傭兵団が警備の手薄な場所から順番に扉を開けている。

これでは侵入に気づかれ、祈里に危険が迫る。


「ドローン、P2P回線に切り替えて」

「遠野さん、地下病院の地図はありませんか?」

「————ファイルを送ってある。昨日の日付がついてる地図が最新版だ」


ホログラムを操作する。

手が震えていた。


<榛奈ねえは、私がいないほうがいいと思う>


ああ情けない、急ぐんだ。

急げ、急げ、急げ!

私はファイル操作も満足にできない。


「お嬢様、お任せください!」

「おい、転送してくれ!!」

「遠野様から一斉送信がありました!!」


お嬢様、今では皮肉に聞こえる。

何もできないな、私は。


涙で前も見えないという体たらく。

侍女に支えられて何が助けにいく、だ。


「いたぞ!反逆者だ!!」

「お父様…、祈里!!!」


護衛と傭兵が父を囲む。

父は正気を失っているのか。

隠れる様子もなく作業を続けている。

それは白衣を着た狂人にしか見えなかった。


「ぉおおお、香里奈かりなか?元気にしてたかぁ」

「お父様、祈里を解放してください」


母の名を呼ぶ父、その見開いた目は焦点が合っていない。

私の声なんて聞こえていない。

知らなかっただけで家族は壊れていたのかもしれない。

私は母の声音を真似る。


「あなた!その娘を解放しなさい!!」

「ありゃぁ、香里奈。どうしたんだい?何かほしいものがあるのかい??」


「私は、その娘と話がしたいの。扉を開けて!」

「あぁ、ぁあ、ああ、いいともいいとも」


傭兵たちが動揺する中、父は電子パネルを操作して扉を解放した。


「でも、気をつけなぁ、とっても元気になってるからなあ」


そう言って、祈里が座っている椅子に電気ショックを加えた。

祈里の身体が大きく跳ねる。


「祈里!———なにをっ!!!」


私は祈里に向かって駆け出して、手足のベルトを外していく。


「おい、反逆者を拘束しろ!!」


ガラス張りの拘束室の中では、護衛の声も遠くに聞こえる。

祈里の呻き声が聞こえた。


「祈里…、目を覚ました?」

「ウゥグァアア」


祈里に噛み付かれた。


「お嬢!!!!!」

「お嬢様!」

「お頭を助けに行け!」


その時、銃声が鳴り響いた。

傭兵たちが倒れる。

その隙に、祈里が部屋から飛び出した。


「その娘は鬼門の鍵だぁ、鬼門の子も私が持ってる」


押さえ付けられ、錯乱した様子の父が叫び出した。


「香里奈!私たちは世界を作れるぞ!」


父の高笑いが続くなか、私は祈里を追いかけた。

銃弾が壁を貫き、その破片が足を切り付ける。

今度は跳弾が肩の肉を奪った。

別に痛くはなかった。


地下施設の中央吹き抜けに出た。


私は回廊の柵から身を乗り出す。

はるか下、最下層の中央広場では、山賊たちが交戦していた。


「火凛!」


遠野の声が聞こえ、銃声が鳴り響く。

あぁ、私は次々と消していくんだ。


祈里は、少し先にある階段の入口にいた。

薬が切れたのか、床に座り込んで肩を上下させている。


「祈里……」


私の声に祈里が驚いた様子で振り向く。

その唇は私の血で汚れていた。

私を見ると祈里は首を振って立ち上がる。


「ごめんなさい」


(違う、これは祈里のせいじゃない)


その言葉は声にならなかった。

祈里が階段の踊り場から駆け出す。

そして、柵を越えて、最下層の中央広場へと飛び降りた。


それはダメだ。

やめて。

私は全力で追いかけた。

いつも祈里は先に行ってしまう。


「祈里!!」


私は柵を越え、名前を叫びながら、吹き抜けの内壁を蹴った。


「許さない!」


祈里が無表情で私を見つめている。

私は祈里を抱きしめた。


「私を置いて行かせない」


祈里が目を閉じた。

頭からの落下、これは助からないだろう。

でも、よかった。

最期に祈里に追いついた。

私は強く抱きしめて、目を閉じた。


「お姉ちゃんが迎えにきたよ」

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