第18話 終わりの始まりは穏やかに
神殺し。
噴火口に還るはずだった大太法師を殺してしまった。
世界の柱を一本、折ってしまった。
大太法師が途方もない歳月をかけて育んだ場所が静かに崩れる。
ただそれだけのこと。
何か劇的なことが起こればよかった。
火山が噴火するとか、隕石が落ちるとか。
そんな小手先の罰を、神は与えない。
世界が欠けた変化は緩やかに進んでいく。
鬼たちが縄をつけてまで拘束していた。
角なしの忌子。
世界を、神さえも切り取る鬼門の子。
俺が逃した鬼の娘—————
「遠野さん、目を覚ましましたか」
「2人はどうした?」
その言葉に、九条榛奈は病室の窓側へと顔を向けた。
そこにはベッドに腰掛けて外を見つめる祈里がいた。
「火凛さんは九条商会が保護させていただいております」
「そうか」
糸に包まれていた俺は、弥七に助けられたらしい。
俺たちをジャンボ君に運び込んで逃げ帰ったという。
本当に大活躍だ。
あの時、祈里は神を宿したのだろうか。
不安に駆られて、その背中を見る。
それを見た九条が看護師に説明を求めた。
「祈里さんは精神的なショックを受けて会話ができない状態です」
「身体的な怪我は、かすり傷程度です」
土蜘蛛は山々を護る怪異だった。
長い年月の末に老婆の土蜘蛛のような荒神になることもある。
それを鎮めるのは山賊、異界人といった先住民だった。
九条本宿は、彼らに物資を提供し、開拓も制限するという。
「四方の土蜘蛛を討伐しなくてよかったよ」
「自然の怒りを買う、畏れ多いことをしました」
九条榛奈の反応は意外だった。
祈里の様子はライブ配信で見ていたそうだ。
よほどショックだったのだろう。
彼女の身体が少しだけ、小さく見えた。
「遠野さんは退院できます。しかし、祈里さんは様子を診させてもらいます」
「そうだな、そうしたほうがいい」
俺は祈里に声をかけなかった。
薄情だとかコメント欄が荒れるかもしれない。
だが、必要以上に寄り添っても何もできない。
俺だったら普段のように過ごしてほしいと思う。
(まあ逃げる口実なだけだが)
居住区の自宅へ戻った。
祈里と火凛がいないリビングは薄暗い。
広くて、静かで、侘しい。
これだから嫌なんだ。
山奥のボロ別荘でも1人だったじゃないか。
縁側の庭に置かれたバケツを見る。
花火大会の後、小さな花火セットを購入した。
よくある他愛のない花火だ。
火凛は線香花火を喜んでいた。
祈里は花火を両手に持って振り回していた。
俺は大きくため息をついた。
(さよならの儀式は終わった)
俺は煙玉をリビングに投げつけた。
部屋に煙が充満する。
ドローンの姿が見えなくなる。
弥七が天井から降りてきた。
「準備できたか?」
「あいよ、移動しながらカメラを壊していくけぇ」
祈里は、九条榛奈が友人として保護するだろう。
俺は神職の団体とやらに詳しくはない。
それでも神を宿せる巫女なら保護案件だ。
だが、火凛は違う。
神をも殺せる少女。
それを世界へ映してしまった。
政治、軍事にだって利用できる脅威だ。
それだけじゃない。
この世に現れた謎のダンジョン。
そのゲートの秘密を握る存在として狙われる。
「火凛の場所はわかるか?」
「あい、居住区の牢屋でさぁ」
九条め、弱ったふりをして火凛を檻へ入れていたとは。
俺は九条ドローンを掴んだ。
近距離通信デバイスで、事前に作ったループ動画を転送する。
九条ドローンは海外製、バックドアは簡単に見つかった。
これは探索者協会のシステムから抜け道を作るためのドア。
おそらく九条商会が自ら作ったのだろう。
(逃亡Lv99のおっさんはハッキングもできるのだよ)
ただコメント欄は制御できなかった。
別サーバー経由、さらに言えばサーバーサイドで動いている。
そのため、ループ動画がバレるとしたらコメント欄だ。
それまでに火凛を連れて、九条本宿を抜け出す。
「師匠ぅ、おれぁあ、こわいことさぁ聞いちまったでぇ」
「どうした、化け物を作ってる話か?」
俺たちは監視カメラの合間を縫うように走っていた。
先を駆けていた弥七が続ける。
「そうだぁ、九条の父が犯人みてえぇだぁぇ」
「周辺を飛び回ってると聞いたがな」
「そりゃうそじゃけぇ、地下におるだぁい」
地下…、居住区を出るときに声が聞こえた家屋か。
半地下くらいだとは思ったが、地下まで広がっていたのか?
「今はそこへ向かってるんだな?」
弥七が頷き、指を差した。
しかし、その入口は厳重な警備がされている。
「こっちぃから入れるっさねぇ」
近くの小屋へ入る。
そこには六平や山賊たちが待機していた。
俺は地下の間取り図を受け取る。
(地下3階まであるのか)
九条は父親が研究者と言っていたな。
山賊たちが床を剥がすと穴が掘られていた。
六平が先に降りる。
俺はLEDランタンを渡した。
「この洞窟、お前たちが掘ったのか?」
「そうさぇ、おらたちぇあ山掘りの民じゃけぇな」
土蜘蛛といい、先住民は自然に近い存在だな。
そうなると九条父の研究が気がかりだ。
100mほど洞窟を歩くと、別の山賊たちがいた。
彼らは東の山賊だという。
牢屋にいる仲間を助けにきたようだ。
洞穴の終わりまで行くと、備品室のような場所に出た。
鉄板で覆われたような近代的な部屋に見える。
部屋のドアを開けた。
目の前には、真っ白な円柱の空間が広がっていた。
俺たちは吹き抜けの最上階にいるようだ。
俺は廊下の柵から円柱の底を見下ろす。
「なんだ、これは……」
それは牢屋というよりも地下の巨大病院。
いや地下の研究施設かもしれない。
真っ白な床の上を白衣を着た人間が歩いていた。
さらに山賊や探索者らしい男、黒スーツ、警備員。
忙しなく荷物を運ぶ配達員の姿まであった。
<どうやって車をダンジョンへ持ち込んだんですか?>
九条榛奈の質問を思い出す。
この近代的な地下施設の壁や設備を見ていく。
(小さくしてゲートで運んできたのか)
人海戦術で荷物を運んでいたのか。
これがもし軽トラサイズになれば、九条商会の影響力は高まる。
「師匠ぉ、こっちだぇ」
いつの間にか弥七や六平たちは牢屋へ向かって移動していた。
彼らは背が低いので目立たない。
「ここが入り口だろ?どうやって開くんだ」
ドアノブもセンサーもスキャナもない。
ドアが浮き出てくるのか、凹むのか、スライドするのか。
なんとも、とんちみたいなドアだ。
「弥七ぃ!準備ぃできたでぇ」
「あぃよお」
六平が電子機器をドアに貼り付けている。
そして、何かをショートさせた。
それを合図に金属製のドアが床に沈む。
(下だったんかい!!)
地図に書かれた牢屋へと足を踏み入れる。
その部屋は暗くて見えないが、かなり広いことはわかる。
ただ人の気配がしない。
俺たちが少し進むと、センサーが反応した照明が点いていく。
「なんだ…これは」
ショーケース、ケージ、カプセルホテルというのだろうか。
ガラス張りの小部屋に異界人や人間が入れられていた。
彼らは意識を失っているようだ。
「小鈴!!」
弥七の声で現実に引き戻される。
「妹か?」
「師匠ぉ、いもぉうとぉたすけえぇくんろぉ」
どうすればいい。
山賊の1人が斧を振り下ろす。
凄まじい金属音が響く。
辺りを見回すが誰も来ないようだ。
何度も斧が振り下ろされた。
やがて、小鈴が目を覚ました。
弥七がガラスに飛びつく。
「おにぃいがきたぁでえっ、たすけるぅでぇ」
小鈴は、歯をむき出しにしてガラスに張り付いた。
猫とも鳥とも言えない悲鳴を上げ続けている。
理性を失っているのだろうか。
よく見ると助けを求めているようにも見えた。
ケージが小鈴の動きに反応したのか赤いランプが点く。
すると様々な方向からドアが開く音が聞こえ始めた。
「やばい、一旦逃げるぞ!」
俺はケージから離れない弥七を担いで逃げる。
麻酔銃らしき道具で制圧しようとしてきた。
山賊が斧で反撃する。
「六平ぇ、弥七ぃ。おまぇらぁ、師匠さんぉつれてけぇ」
どうやら俺は山賊の間で「師匠」と呼ばれているらしい。
山賊たちは土蜘蛛や大太法師から逃げる俺の姿を見ている。
俺たちなら何かするのではないかと思われているようだ。
「師匠ぉ!こっちぃいくべっさあ」
弥七が気持ちを切り替えて先導する。
六平たちが殿を務めた。
何名かの山賊が捕まっている。
だが、殺されてはいないようだ。
逃げる途中、大きなガラス部屋があった。
そこに、火凛がいた。
その部屋にあるガラスはマジックミラーになっているようだ。
火凛は俺に気付かない。
ふと大太法師の時に火凛が移動してきたことを思い出す。
(念じれば火凛に伝わるのか)
なぜか、そう思った。
『助けに来た。ガラスの前にいる』
そう強く念じた。
「きゃぁあああ」
「うわあああああ」
火凛がいた部屋で悲鳴があがった。
ガラスの部屋を見ると、医者と看護師が血まみれで倒れていた。
「師匠ぉ!火凛さぁんそこにぃるけぇ」
俺の隣に火凛がいた。
火凛の頬に血が付いている。
俺は頬を拭い、火凛を強く抱きしめた。
「弥七、一旦撤退するぞ。想定より助ける人数が多い」
「あいよぃ、地図がふるかったのかぇねぇ」
そう言った弥七は涙を浮かべていた。
「小鈴は絶対に逃す、約束する」
「ありがてぇえことすぁあ」
とりあえず撤退だ。
俺たちは施設を駆け抜ける。
しかし、最後のドアを抜ける直前に見てしまった。
心のどこかで、その可能性を恐れていた。
それでも俺は否定し続けていた光景。
その人物は看護師2人に両腕を掴まれていた。
そこには手錠をかけられて歩かされる、祈里がいた。




