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第17話 その山は誰のもの

「「「やめえぇれぇ、かえれぇええ」」」


呪いの言葉みたいな土蜘蛛の声を浴びていた。

290年も生きた老婆は「思い出」「宝」を守っていた。


(こいつは何をやめてほしいんだ?)


次の瞬間、俺の頭上を何かが通り過ぎた。

突風か、風の津波なのか。

とてつもない強大な力だと思う。



その直後、世界が崩壊した。



木々が根本から空高く舞い上がる。

液状化した地面が波のように押し寄せてくる。

オフロードバイクが地中へ沈みだす。

俺はフルアクセルで地上へ這い出る。


(だめだ、呑まれる)


生き物のように蠢く地面が迫ってくる。

轟音とも稲光とも地鳴りともわからない音に包まれた。


(もしかして大太法師ってやつか)


俺には何も見えなかった。

祈里によれば2.5mくらいの大男だったんじゃないのか。

俺の後方で土蜘蛛が地面から這い出してきた。


「「「ありゃぁ、いけねぇええ、山ぁ消えちまったぁあ」」」


そういうと土蜘蛛は一目散に突風が吹いた方へ動き出した。

何事かと起き上がる。

遠くの景色を眺めた。


「山が、なくなってる」


たしかに山が消えていた。

地形が変わってしまっている。


(大太法師は手を出してはいけない存在だ)


脳裏に巫女服が掠めた。

大太法師と対峙している巫女を思い出した。


「祈里!!!」


俺は地面に半分が埋まったCRM50を掘り起こした。

エンジンをかけると50ccとは思えない音が鳴り響く。

30キロ規制の車体なのに7.2馬力。

この昭和の闇とも言えるバイクで山頂を目指す。


俺はスノーボード選手が大技を決めるような坂道を登っていく。



◇◇◇



————私は、どこにいるんだろう。



わたし?私は祈里だよ。でも祈里じゃない。

まぁどっちでもいいか。

とっても心地がいいな。

そうね、鳥になった気分。

長い年月を旅している。

今日は何をしようかな。

砂遊び、山崩しとかどうだろう。

あーでも、疲れたなぁ。


やっぱり、寝よう。


ん?異界の子が私を見てる。

珍しいな、私が見えるなんて。

私は風、私は空、私は大地。

そうか取り込んだ娘のキラキラが見えるのか。

小さいのに消えない。

この娘は同格なのか。

新しい人間が来た。

あれ?なんだろう。

嬉しい、悲しい、寂しい。怖い。


助けて。

私を助けて。

助けて、やだ怖い、助けて助けて助けて助けて—————



「祈里!!!」

「師匠ぉ!キラキラの姉ちゃんさぁ、喰われちまったんかぁ」


違う。

あれは憑依とかそういった類だろう。

空中に浮いているように見える。

だが、大太法師に取り込まれたようにも見える。


”祈里氏が空中を浮いてる件”

”もはや特撮で草”

”どうやってん、これ”

”なんかやばいw”

”これは取り憑かれてるわ”


祈里がもがいているのか、肩を左右に振っている。

しかし、その動きと大太法師は連動していた。

少し肩を動かすだけで、世界崩壊みたいな地震が発生した。



”なんか地震きてね?”

”まじだwww”

”関東で震度6だって”

”偶然か?”

”アラートが怖くて震えとる”



りん。

鈴の音が聞こえた気がした。


「火凛、どうしてここへ」


九条本宿に置いてきたはずの火凛がいた。

その足元には赤い靄が残っていた。

鬼門は危険な業だ。

誰にも見られていなければよいが。



”火凛ちゃんきたーー”

”いつの間に???”

”荷台にいたのでは?”

”なんか靄から出てきてた”

”ミステリアス火凛”



「法師様から祈里を還してもらう」


火凛が山の1つを指差す。

あそこへ行けってことか?


俺はバイクを置いて、ジャンボ君に乗り換える。

軽トラのエンジンをかける。

火凛が助手席に座り、両手を前に出した。


「鬼門」


火凛がそう呟くと、目指す山から煙が上がった。

地鳴りがして、山肌が赤く揺らめく。


(まさか噴火させたのか?)


すると空中に浮いた祈里が山へ向かって行く。

おそらく透明な巨体が動いているのだろう。

火凛は大太法師の帰り道を用意したのかもしれない。

俺は先回りすべくアクセルを強く踏んだ。


「弥七!いざとなったら火凛を頼む!!」

「もう縄さぁ持ってるねぇ、ハンドルもまぁかせぃ」


もう言うことないな。

弥七先生って呼んだ方がよいかもしれない。




◇◇◇



————そこは噴火口だった。



「「「おまぁえぇ、しずめぇぇえ、山神さまぁあしずめぇえ」」」



山の頂上では、土蜘蛛が先に来ていた。

荒ぶる神を鎮めるのだろう。

山賊がいうように土蜘蛛は付近の土地を護っている。


火山ガスの効果なのか大太法師の巨躯が、輪郭が見えた。

それでも透明に近い。

大太法師は風であり、空気であり、大地なのだろう。


噴火口に誘い込まれるように歩いている。

ゆっくりと、何千年もそうしてきたように。

その足跡には大きな谷ができ、湖の水が流れ込んでいた。


「師匠ぅ、キラキラねぇちゃんがぁああ!」

「祈里!!」


噴火口の真上に近づくと、大太法師が屈むように沈んでいく。

それをサポートするように土蜘蛛が糸で誘導している。

神話、神々の仕事を見ているようだった。


(このままでは祈里は噴火口に落ちてしまう)


軽トラを飛ばす。

土蜘蛛の元へ向かった。


「「「ばあぁあさんごろしぃい、なにしにきたぁああ」」」


土蜘蛛は山を守っている。

なら、俺が言うべきことは一つしかない。


「山を人間から逃す方法を!俺は知っている!!」


土蜘蛛が俺の方を向いて、糸を吹き出した。

俺は焼けるような痛みに包まれた。


「俺を殺したら、290年生きた土蜘蛛と同じく滅ぼされるぞ」

「頼む、一度だけ機会を与えてくれ」

「この自然を守らせてくれ」


だめだ、俺の言葉じゃ信じてもらえない。

大太法師が丸くなり、祈里が近くまで来ていた。



「「「ぁああのぉ、みこぉかぁえぇ、うらみぃはらすぇ」」」



土蜘蛛が祈里に向かって糸を吐きかけた。


(やめてくれ)


しかし、蜘蛛の糸は赤い靄の中へ消えた。


(火凛か!?)


俺は糸の隙間から周囲を見回す。

火凛は、祈里に向かって手を伸ばしていた。

ドローンで配信中だ。

できれば鬼門は使わせたくない。



”やばい、配信止めろ!おっさん”

”おっさん糸で動けんし、権限すらないだろw”

”火凛が世界に見つかってしまう”

”まじで配信サイトを落とせ+5,000円”

”誰かライブ映像を切ってくれ!+10,000円”

”詰んだな”




「鬼門」





祈里の周りに赤い靄が現れた。

その体を包んで一緒に消えていく。


祈里がいた場所から爆風が巻き起こる。

大太法師が声をあげた。

それは惑星が泣いたように聞こえる。


大太法師は自然そのものなのだろう。


祈里だけを連れ戻したつもりだった。

だが赤い靄は、祈里を包んでいた大太法師の一部ごと切り取っていた。


俺たちは、世界の一部を破壊した。

俺たちは、神を殺してしまったのだ。

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