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第16話 土蜘蛛のち大太法師、ときどき巫女

軽トラが揺れている。


俺はハッとして、運転席のシートを戻した。

いつの間にか、眠っていた。

この俺が、…寝ていた?

すっかり落ち着いてしまっていたようだ。

慌てて、エンジンを点ける。


(大きな地震でも起きたのか)


”やっと起きたw”

”コメント欄が静かな件”

”おいお前ら起きろwww”

”祈里ちゃんと寝てたわ”

”マジで寝落ちしてた”


後方から悲鳴や絶叫が聞こえている。

俺は軽トラのハンドルを切って引き返した。


「あれ!土蜘蛛じゃない!?」


いつのまに目を覚ましたのか、祈里が大声で指を差す。

ヘッドライトをハイビームにする。

俺が相手をした290歳の老婆と比べて倍近く大きい。

足を器用に動かして、山中をうねうねと動いている。



”でっか”

”これは神話級w”

”市営バスを4台くらい束にした感じ”

”山の中を器用に動くのキモい”

”土蜘蛛が喋ってない?”

”逃げてぇえええ”



(土蜘蛛が何か話してるな)


「あれは帰れって言ってるだぁ!!」

「きゃあ!!!」

「うぉおお!!!」


弥七がジャンボ君のリアウィンドウから顔を出した。

乗車定員2名だと言おうしたが、ダンジョンだから関係ないか。


山賊たちも反撃している。

だが、窓ガラスのない戸建て住宅に石を投げているようなものだ。

口から出す糸を浴びて硬直していく。

麻酔効果があるのかもしれない。


俺はクラクションを鳴らした。

こんなに思いっきり鳴らすのは初めてだ。

土蜘蛛がけたたましい音に振り返る。


「ちょっと!すごい勢いできてるんですけどぉ!!!」

「掴まってろ!!」


俺はリアにギアを入れてアクセルを踏み込んだ。

さすがにバック走行では少しずつ距離が縮まる。


「師匠!きとるぞぇ!!」

「バックでドリフトするぞ!!掴まってろ」


軽トラのシェルは2号機「アーバンモデル」を積んできた。

1号機のようにバンクヘッドはない。

立駐OKな全高2m以下の街中ステルス仕様だ。

これならドリフトしても振れは少ないはず。


とりあえず木々の隙間へ向けてハンドルを切る。

ブオーンと回転数が上がり、ハンドルを戻す。

勢いをつけすぎたのか、助手席側へ倒れそうになった。

運転席側のタイヤが地上から離れる。


「弥七、できる限り上へ移動しろ!祈里こっちへこい!!」

「うわぁあ」


弥七は聡い。

俺が指示する前に運転席側へ重心を移動させ、荷物も引き寄せていた。

俺は祈里の肩を強引に引き寄せた。


全員が息を潜めたと思う。

ジャンボ君を前から見たら菱形になっていたはずだ。

どっちに倒れようか悩んでいるようだった。


土蜘蛛も何故か一緒になって固まっていた。

なんか気を使わせてしまった。


俺は運転席の窓ガラスに向かって祈里ごと体重移動した。

ジャンボ君のタイヤが地上に戻る。

俺は祈里と何度かぶつかりながらも2速でギアを入れる。


「なんで土蜘蛛は待ってたんだ!?」

「あんたが面白かったんじゃない!?」


今度は3速、4速と上げて時速60キロで道なき山中を爆走する。

土蜘蛛と距離が離れていく。

本隊へ引き返す様子もない。


”コメント欄も止まってて草”

”いやあ普通に見てしまった”

”軽トラが優秀すぎて”

”4WD MT 最強説”

”土蜘蛛帰ったの?”


いつの間にか土蜘蛛の姿は見えなくなった。

俺はエンジンを切って、休憩した。


「どうにか討伐隊の壊滅は免れたな」

「あんな大きいの無理でしょ」


大太法師だいだあほうしに頼めぇえ」

「なんだそれは?」

「ダイダラボッチ的なやつじゃない?アニメで見たことあるわ」


大太法師は大男らしい。

足跡が湖になり、休憩すれば遠浅の海岸になる。

山で昼寝をすれば二山に分かれるという。

それはもはや巨人の域ではないか。


「でも、そいつも怪異なんだろ?」

「大太法師は優しいやさぁあ、山賊の友達でさぇ」

「九条本宿でも見かけたかも!身長2.5mくらいある人だった」


それは山男じゃないかと思ったが、そっとしておく。

九条商会は異界人だけじゃなく、怪異も利用してるのか。

いくら大太法師が善人だろうと、土蜘蛛と戦ってはくれまい。


「そのアニメでは敵だったのか?」

「んーと、たしか中立的な立場だったような」

「でも巨人として脅威ではあったんだろ?」

「たしか神様とか自然を冒涜したことに怒ったような」


(それだ)


神話級の化け物を退治するには、自然界の化け物を使う。


「祈里、シェルに入って巫女服に着替えるんだ」

「えっ、町娘より巫女服の方が好きなの?」

「弥七は助手席に座ってくれ、さっきから運転を見てたから基本操作はできるだろ?」

「ああ、まだ師匠が操作していないとこ教えてくれりゃ動かせるぅよ」



”おっさん、まさか大太法師つかうのか?”

”逃げるためならなんでも使う男”

”あれは怪異とかじゃないのでは?”

”神をも畏れぬおっさんwww”

”山の主だっけ?”

”いや自然そのものじゃね?”



祈里には巫女としてやってもらうことがある。

弥七には運転をしてもらう。

未成年だし、ライブ配信されてるけどダンジョン内で異界人だ。

そもそも俺は賞金首、逮捕とか放送コードに配慮してる場合じゃない。


軽トラが揺れ出した。

土蜘蛛が探しているようだ。

小さい弥七はジャンボ君の運転席後ろにある荷室スペースへ移動してもらう。


「弥七、大太法師の居場所はわかるか?」

「山の上におるけぇ、おらん時でも会えるけぇ」


軽トラでよかった。

なんちゃってRV車では登れない道も行ける。

今こそマニュアル4WDの登坂力を見せつける時がきたようだ。


「ハンドル撫でるのはやめたほうがいいわよ」

「いいだろ、俺の相棒なんだから」


助手席に巫女服に着替えた祈里が戻ってきた。

リアウィンドウが狭くて移動しにくいと文句を言っている。


(背抜きする気はないから諦めろ)


「弥七、このルートで走れるか?」

「あいょお、師匠!まかせちょれぇ」

「ちょっと!なんであんたが車から降りんの!?」


祈里には山頂へ行き祝詞を唱えるよう頼む。

それと大太法師は敵ではないから戦うなと伝えた。

まあ大太法師が怒らないと始まらない作戦だ。

狂犬が行けば祝詞を唱える必要もないだろう。


(さて、そろそろ来てくれないと困るな)


けたたましいマフラーの音が遠くから聞こえてきた。

俺の愛車「CRM50」を柿崎さんが乗ってきてくれた。


「50ccバイクなのにパワフルなんですね、驚きました」

「柿崎さんは身を隠していてください」


そういって俺はCRM50に跨る。

ジャンボ君の運転席側へ周り、ドア越しに弥七と最終確認をした。

弥七には山頂まで行ってもらう。


「大太法師を起こしたらぁ、師匠のとこに戻るさぇ」


ジャンボ君、もとい弥七が出発した。

地鳴りが大きくなる。

土蜘蛛が近づいてきた。

俺はCRM50のキックペダルを力強く踏み下ろす。

甲高いエンジン音と白煙が産声をあげる。

7.2馬力の原付オフロードがダンジョンで活躍する日が来ようとは。


”これは青春が蘇る!”

”エンジン音だけで癒されるは”

”白煙が懐かしい”

”おっさん大量に湧いてて草”

”中古でも高いんですよね”

”おい、土蜘蛛きてんぞ!!”

”まじかwww”

”50ccで逃げられん?”


「「「お前かぇ、土蜘蛛殺しぃい。お前かぁああ」」」


木々を倒しながら土蜘蛛が近づいてくる。

俺は山道の急斜面へ向けて、アクセルを全開にした。



「昭和の傑作ツースト50ccの実力を見るがいい!」



◇◇◇



—————祈里は違和感を覚えていた。


山頂へ近づくと怪異の気配が減っている。

まるで神聖な何かがいるみたいな静けさだ。


「いたぇ!あれが大太法師じゃぁ」


私は怖いと思った。

触れてはいけない類、神聖な存在。

軽トラのフロントウィンドウには足首だけが見えていた。


「どうしろっての、これを……」


肌が少し透き通って見える。

もしかしたら探索者たちには存在さえ見えないのかもしれない。

決して触れてはいけない、そう思った。

祟りとか、呪いとかの次元ではない。

たぶん、自分がなくなる。


「業解き!」


とりあえず攻撃してみた。

だけど反応がない、通り抜けてしまった。


「キラキラのねぇちゃん、すげぇなあ。普通は攻撃しねぇぞぇ」

「仕方ない、真面目に祝詞をやりますか」


私は軽トラックの座席から座布団みたいのを外して地面に置いた。

そこへ跪く、そしてコンビニで買った扇子を取り出して祝詞を唱える。


すぐに反応があった。

単なる偶然かもしれない。

大太法師の足が少しズレた。

その途端、突風が駆け抜け、山が崩れた。

木々が根本から抜けて、巨大な岩が、土や苔が波のように転がっていく。

ニュースだったら大規模の土砂災害と報じているだろう。


「これが…大太法師の力」


天災、災害といった世界だ。

立ち入っては行けない神域。

血の気が引いた。


遠くからバイクの音が聞こえた。

それを聞いて、私は笑ってしまった。


(わたしが狂犬?この神をも恐れぬ逃亡者め)


私はゆっくり息を吐く。

澄んだ山の空気を吸い込む。

意識を集中する。

私は神職の力を呼び覚ます。


『一族の恥晒しが!!!』

『親殺しの化け物!』

『神社から出て行け!!』


その力が過去を運んできた。


だけど、大丈夫。


私には、いま救いたい人がいる。



「掛けまくも畏き——」

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