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第15話 討伐の夜と特記事項

(こうしていると道の駅と変わらんな)


RVウィンドウの外は九条本宿の表通りだ。

そこには土蜘蛛討伐隊が準備を整えている。

道の駅で寝ていると窓の外が騒がしいが、それと変わらない。


今度は、俺と弥七で倒した土蜘蛛のようにはいかない。

老婆の土蜘蛛は、長い歳月の果てに荒神となっていたにすぎない。


涼しい風がRVウィンドウを通り過ぎる。

俺は観音開きに作り直した背面ハッチを全開にした。

そこには時代劇の街並みが広がっていた。

その上空を無数の星が埋め尽くしている。


「いいでしょ、着付けもしてもらったんだ」

「なんで町娘みたいな服になってんだ」


祈里がくるりと回転しながら現れた。

とても反応に困る。

祈里は九条本宿に来てから、すっかり年相応になった。


「なに?この子、さっきからアンタみたいな目で見てくるんだけど」

「師匠!この姉ちゃんさ、なんかキラキラしてた!!」

「おぉおお!もう【疑いの眼】を習得したのか弥七!」


これはスキルじゃない。

技でもなければ術でもない。

逃亡者の本能的なやつだ。

俺の見込んだ通り、弥七には才能がある。


「あんた、私がなんだって?」

「姉ちゃんの周りさ、なんかキラキラしてんだよ」


(わざと確認して言わせてるな、こいつは)


とりあえず弥七と祈里が仲良くなれそうでよかった。


「祈里、こいつは俺の正当な後継者だからな。いじめるなよ」

「なんで私が悪者みたいになってんの」


そう言うと、俺の顔をじっと見ている。


「なんだよ、文句があるときは全部頼むよ」

「また逃げそうだなって思ってさ」


(ほんとに祈里は勘が鋭いな)


居住区の門が開いた。

そこには九条榛奈と手を繋いだ火凛がいた。

今日はなんだか小学校の高学年に見える。

それでも垢抜けたと言うか、火凛は見違えるように変わった。


俺を父親と思ってくれているのか、火凛は飛びついてくる。

嫁にやるとき泣く親父たちの気持ちが、少しわかった気がした。


<そうやって逃げてると、最期に誰もいなくなるよ>


遠い昔に言われた言葉を思い出す。

それすらも俺は逃げた、最低で最悪な人間だ。

俺は土蜘蛛とか怪異とか、ダンジョンなんてどうでもいい。

きっと死場所を求めているんだと思う。


山奥のボロ別荘でマイナス19度になっても死ねなかった。

真夏に平地にある灼熱の道の駅で寝ても生きてしまった。

ダンジョンへ武器も持たずに1人で通い詰めても死ねなかった。


なぜか遠くに聞こえる討伐隊の声に耳を傾ける。


「土蜘蛛を倒すぞ、家族の仇を討つのじゃ!」

「神殺しも恐れぬ我ら、共に死ねることを本望とする!!」


勝手に家族の声を代弁し、神さえも自己たちの都合で殺す。

ここが地獄で、俺らが鬼なんだと思う。

これから戦う土蜘蛛が、俺を終わらせてくれたらと願う。

どうか俺を、最後の逃げ場所へ連れて行ってくれ。


「遠野、これあげる」

「しゃーない、これあげるわ。その変な顔をしないでくれる」


(どんな顔してんだ、俺は)


祈里が後で食べようと思ってたであろう饅頭を口へ放り込む。

火凛が手習所で作ったであろう折り鶴を見た。

不器用な折り目だ。

誰も真似できない素敵な折り鶴だった。



「九条、契約書は守るんだろうな」



特記事項として俺の死後を追記した。

俺が死んでも祈里と火凛の保護をすると。

俺の最後に関わった2人くらいには何かを残したかった。

生きた証として。


俺は九条榛奈を見た。

九条榛奈は、祈里と火凛を見る。

少し寂しそうに微笑んでから頷いた。

最後に、彼女は声にはせずに唇だけを動かした。


「羨ましい」


そう呟いたように見えた。

九条は火凛を護衛に任せて、討伐隊の前に立った。


「ご武運をお祈りしております」


九条本宿の商会員や町民、山賊たちが雄叫びのような声をあげた。

山の守神でもある土蜘蛛退治は、死地へ向かうようなものだ。

家族との別れに涙する者、この場に姿を現さなかった者。

みんな必死で何かを守ろうとしている。

素晴らしいな、と思う。

それにしても祭りといい、皆で集まるのが好きな連中だ。

そこは全く理解できない。


愛車のジャンボ君に戻ると助手席に祈里が座っていた。


「やっときた、軽トラって意外と楽しいよね!バギーみたいで」

「俺のジャンボ君は座席が乗用車風なんだよ、普通の軽トラは———」

「ほら、みんな出発しちゃってるよ?」


どうやら軽トラの説明には興味がないらしい。

土蜘蛛討伐隊の長い行列だった。

俺は最前列に移動してハロゲンライトで行く手を照らした。

山賊たち異界人が驚きの声をあげる。

歩兵もいるので時速20キロほどの低速走行。

小さな坂が多いため2速と3速で悩みながら運転する。

ガソリンは九条商会によって満タンにされていた。


「ねえ!逃げるつもりでしょ!!」

「ずっと逃げてるから、わからんね!」


軽トラの車内は大声じゃないと聞こえない。

いつもは1人だから気にもしなかったな。


「私と火凛は大丈夫!あんたは好きにいきなさい!」

「火凛に優しくなったな!!」

「あんたのおかげかな」

「んあ?!なんだって!?」


祈里が噴き出すように笑った。

さっきの返事は、少し爺さんみたいだなと反省した。

まだ笑ってやがる。


「ほんと…あんたといると飽きないわ」

「声が小さくて聞こえんわ!!」


”たしかに軽トラがうるさすぎて何も聞こえない件”

”まじで軽トラってエンジン音すごいよな”

”なんか楽しそう”

”おっさん、そこ代われ”

”アオハルは年老いてもできる!”

”俺もバギーみたいで好きぃいい”

”俺は祈里が好き”



「……あんたは目立つ、すぐ見つけるよ」

「なんだって!?なんつったんだ!?」


そんなにおかしいのか、祈里が笑い転げている。

軽トラは低速走行だと回転数が上がるから本当に煩い。

まじで煩い。

まあ会話しなくてよいのは助かるのだけれども。

気がつくと本隊から前に出過ぎていた。

とりあえずエンジンを切って待つことにした。

途端に森の音が流れ込む。


「それにしても軽トラの騒音と振動で、よく寝れるな」


これから討伐へ行くというのに、なぜか町娘の格好をする狂犬。

全く年頃の娘というのは別世界の生き物だな。


(本当に気持ちよさそうに寝てるな)


俺は逃亡計画を立てる。

九条本宿から西へ行くと、1匹目の土蜘蛛がいる。

そいつくらいは倒さないと気付かれる。

九条榛奈は聡い。


ポケットから地図を取り出す。


俺はLEDランタンを点けた。

旅の途中で行方不明になれる場所を探していた。

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