第14話 お嬢様と山賊長と昼食会
「遠野様、九条お嬢様から昼食会へ招かれました。ぜひ3名でいらしてください」
そう言い残して九条商会の黒スーツはいなくなった。
花火大会から数日が経過していた。
(本当に穏やかな朝だな)
九条本宿にいると、賞金狙いや探索者協会なんて冗談に思えてくる。
それだけ厳重な警備なのだろう。
ここからは簡単には逃げられないとも言えるが。
「ずいぶんと気に入られてるみたいね」
「そう見えるか?どうみても便利な捨て駒だろ」
祈里が勝手にオートミールのデザートを食べている。
それは俺と火凛に用意した朝食なんだけどな。
「遠野、あげる」
(いや、食べかけをもらってもな)
「ってか、ほぼないじゃないか!?」
思わず口をついてしまった。
その反応を見て、火凛が笑っている。
俺もつられて笑ってしまう。
やはり幼ければ環境次第で大きく変わるな。
「祈里は手配されないんだから、家に帰らなくて平気なのか?」
「…まぁね、どうせ一人暮らしだし。こっちの方が楽だし」
そういってスプーンを見せつけてくる。
まあ、こいつはコロっと気が変わって帰るかもしれない。
あまり人に関わらない方が賢明だ。
◇◇◇
—————昼食会には弥七たちがいた。
「おぉ、師匠じゃ!待たせたなぁ。こいつが長じゃぇ」
色々とツッコミたいところがありすぎてジト目をしてしまった。
そのせいで【疑いの眼】が発動した。
俺は弥七の隣にいる山賊の長を見た。
異界人だが怪異の雰囲気もある。不思議な靄だ。
勝手に杖をついた老人が来るものと思っていた。
しかし、実際は鍛冶屋あるいは西洋のドワーフといった風貌をしている。
高齢に見えるが、肉体ははち切れんばかりといった感じだ。
「すごいヒゲね」
「うん、ヒゲおじさん」
(おいおい、祈里さん。やめてくれないかな)
祈里と一緒にいる時間が増えて火凛によくない影響が出始めている。
そのヒゲ爺、もとい山賊の長は周辺にある山賊の村々の代表らしい。
「あんさんが逃亡者かぇ!!土蜘蛛倒しとったのみとったぞぉ!!」
まさかのハイトーン&ハイテンション。
まだまだ現役の長老って感じだな。
弥七がどこか達観している理由が少しわかった。日本と変わらないな。
「お嬢様が参りました」
(もはや姫様って扱いだな)
居住区の一番奥にいながらも護衛に囲まれている。
資産家ってのは、そんなに狙われるのか?
九条本人の説明によると母親はダンジョンに来ておらず、父親は九条本宿の周辺で研究して帰ってこないらしい。
九条家といっても榛奈の家は本家筋ではない。
財閥トップの弟だから事業を娘に任せられるってところか。
(父親が研究に出回る気持ちも少しわかる)
俺も次男だから親戚からは蚊帳の外だった。
山奥で1日1食の実現、軽トラシェルの3号機を作っていた俺もまた研究に近いことをしている。
「姫さまぁ、オラたちは土蜘蛛が恐ろしい。だが、土地を守ってもらってもいるんだぁ」
「暴走した土蜘蛛だけを退治するわけにはいかねぇか」
山賊たち異界人は、怪異を神に近い存在だと信じているようだ。
一方、九条商会にとって怪異はダンジョンの勢力争いにおいて、邪魔な存在。
だが、異界人ともうまく付き合わなければいけない。
そうして、九条商会が、手を汚さずにことを運ぶための捨て駒が必要となった。
「それは承知しています。土蜘蛛の対策は、あなた方が選任した遠野直樹さんに任せてあります」
俺たちを映すドローンが、その宣言を配信している。
この時点で、九条榛奈が昼食会を開いた目的が達成された。
(土蜘蛛討伐の咎を、俺に背負わせるつもりか)
山賊の長にとっても、九条商会にとっても、土蜘蛛は悩みの種。
市井の声を沈めるために、外部の人間が必要ってわけだ。
「俺は戦闘員ではない。間違って土蜘蛛を駆逐するかもしれない」
「……それでいいか?」
俺は遠回しに仕事内容を確認した。
九条榛奈とヒゲ爺は、口角だけを上にあげた。
どうやら俺の理解は正しいらしい。
「遠野さん、私は貴方を見ていると気分が楽になります」
(俺は仮面を被らされているアンタが破裂しそうでヒヤヒヤしてるよ)
九条榛奈もまた、家から逃げられずにいるんだな。
俺は祈里の真似をして、結構なスピードで肉を食べている火凛を見た。
「よし、弥七。土蜘蛛討伐に行くぞ」
「師匠、でもオラたちは逃げ回るだけじゃぞ」
「やはり遠野殿の生き方は解せぬ、お嬢に近づけるなよ!」
「爺、なんか元気になってる」
居住区の穏やかな昼食会は円満に運んだ。
「今夜、土蜘蛛討伐隊が出陣します」
九条榛奈が本宿トップとして宣言する。
「私もいくから、車に乗せてってね」
「祈里、残念だが2人乗りで助手席に荷物が———」
「じゃあ、またあとで」
そう言うと祈里は火凛を連れて出て行ってしまった。
九条が近づいてきたことに気付いたらしい。
この2人の関係についても知っておいた方がよいのか?
「遠野さん、貴方から契約書について相談があると聞きました」
爺さんが契約書を見ながらついてくる。
何か不備がないかチェックしているのだろうか。
「ああ、特記事項について追記してほしい」
「それはとても大胆な話ですね、何について追記するのですか?」
九条榛奈は俺が契約書の話をすることに驚いたようだ。
俺は土蜘蛛の老婆を思い出していた。
大切な思い出を最後まで抱えて果てた老婆を。
「俺が死んだ後のことを頼みたい」




