第13話 九条本宿での暮らし
「私としては興味深い話だけど、爺はどう思う?」
「反対ですな、この遠野という男の生き方が信用できませぬ」
俺は弥七たちからの頼みで山賊の長に会いたいと伝えた。
だが、九条榛奈の世話役らしい爺さんが全否定してくる。
”生き方から否定されてて草”
”信用できないのはわかる”
”戦わず、背を向け続けた男の悲哀”
”信用ゼロwwww”
”おっさん珍しく不満そうだな”
どこから取り寄せたのか俺の履歴書を眺めている爺さん。
俺のような氷河期世代は、椅子取りゲームの椅子すらなかった。
その履歴書には、逃げ続けるしかなかった理由までは書かれていない。
「九条本宿の周辺には山賊の村があるだろ、その勢力を利用できるかもしれない」
俺は少し頭に来ていたこともあって、自分らしくない提案をしてしまった。
「珍しいですね、目的を聞いてもよろしいですか?」
「あんたらは山賊を恐れているわけじゃない。でも土蜘蛛は駆逐したいだろ」
九条榛奈は微笑んだ。
どうやら正解だったようだ。
山賊は異界人、どちらかというと平和を好む。
だが土蜘蛛は違う。規格外の怪異であり周辺各地を治めている。
その中央に九条商会は本宿を建設した。
先住民、そして彼らが称える怪異に対して「陣取り合戦」を仕掛けたわけだ。
「山賊は俺を信頼してくれている」
「そうみたいですね。火凛ちゃんも山賊も困ったものです」
(山賊討伐を仕掛けておいて白々しい)
「履歴書のとおり、俺は何も続けられない男だ」
爺さんが憐れむような笑顔を見せた。
もしかして乗ってくれるのか?
「山賊とのパイプ役として、俺を使えばいいんじゃねぇか」
「そうですな、これを山賊の長との連絡係にしましょうぞ」
爺さんは山賊との交渉役という“危ない役目”を押しつける相手として都合がいいと判断したようだ。
俺にはドローンの監視と商会員の見張りもついている。
つまり何か不審な動きがあれば拘束できる。
俺をただの配信者として稼がせるだけじゃ楽しくない。
(そう思わないか?九条のお嬢様)
俺の首には九条商会の手綱がかかっているように見える。
さて、どうでるか。
「わかりました。でも本宿の火凛ちゃんと祈里さんも忘れないでください」
「ああ、わかっているつもりだ」
さすがに釘をさしてきたな。
だが、これで山賊の逃亡ルートが見えてきた。
山賊の長との面会は、弥七が話を通してからになった。
そのため、今日のところは待ち。
久しぶりの休日となった。
————居住区に近づくと火凛が駆けてきた。
手には綿菓子が握られていて、少し表情が出てきた。
背丈は中学生1年生といった感じだが、見た目は幼い。
手習所や綿菓子といった未知と出会って、変わりつつあるようだ。
「あんた土蜘蛛をやっつけたんだって、ニュースになってたよ」
「そうか…、これ祈里が買ってくれたのか、ありがとな」
そういえば祈里も同居していた。
初日から仕事に行ったので、家の間取りすら忘れている。
祈里と会ってから軽トラでゲートを潜るまで忙しなかった。
なんだかんだで九条本宿に一息つけているようだ。
「今日ね、お祭りがあるんだって」
「縁日的なやつか、何だか懐かしいな」
ドローンで検索して動画を再生した。
どうやら花火大会もあるらしい。
九条商会のイベントらしく、名だたるスポンサーが並んでいた。
「あんた、何か言うことないの?」
「ん、何の話だ?」
そう言ってから後悔した。
祈里は浴衣に着替えていた。
こういう面倒から逃げてきたと言うのに、と思う。
この強制イベントは逃げられそうにない。
長い髪をトップでだんご状にしたヘアスタイル。
名前は知らないが、それだけで上品に見える。
化粧を拒否するような潤った白い肌は健康そうで羨ましい。
さて、なんて言えばいいのやら————
(山奥のボロ別荘が恋しいな)
2人に会ったら何だか急に体が重くなった。
俺は自分の部屋にあるベッドへ倒れ込む。
もう何年も軽キャンの常設ベッドで寝起きしていたので、不思議な感覚だ。
何もかも手放してきた俺が知ったこと。
それは、このささやかなことが幸せに思えることだ。
290年も宝を抱え、朽ち果てた屋敷にいた土蜘蛛に教えてやりたいよ。
「ちょっと、こっちきてくれない?」
(うーん、面倒だな。やっぱり人と同居するのは無理だな)
そう思いながら起きあがろうとするが、予想以上に疲れていたようだ。
46歳のおっさんに旅は厳しい、俺は意識を失うように眠りについた。
「遠野、起きて」
「ん?…火凛か。どうした?」
「どうしたじゃないわよ、花火大会はじまってる」
俺の部屋の窓の向こうでは、大輪の花火が打ち上がっていた。
色とりどりの光が、それを眺める祈里の顔を染め上げた。
普段の狂犬は身を潜め、穏やかな表情を浮かべている。
「今の感じで配信すれば人気になると思うぞ」
「へー、詳しく聞こうじゃないの」
(なんで怒ってんだ、…俺、なんかやっちゃいました?)
洋風のリビングには焼きそばが置いてあった。
祈里が買ってきてくれたようだ。
火凛が美味しそうに食べている。
それにしても、笑顔が増えた。
祈里は、縁側に腰掛けて扇子を仰ぎながら花火を見上げていた。
「なんか不思議だな、こんな暮らしもいいと思っちまったよ」
「これが最後みたいな言い方しないでくれる?」
九条本宿は平和だ。
九条商会、いや運営を任されている九条榛奈は上手く経営している。
だが弥七は化け物を作っていると警告した。
つまり異界人、山賊は九条商会を完全には信用していない。
そして、土蜘蛛と呼ばれる神話級の怪異。
みんな椅子取りゲームが好きだな、と思う。
俺はさっさと椅子を譲って、誰もいない場所へ行ってしまう。
誰かがきたら再び譲る。そこに財宝があろうと構わない。
逃げ続けることに指を差して笑うやつもいた。
一方で、火凛や弥七のように頼ってくるやつもいる。
「まだ縁日やってるかな」
「そういうの面倒なんじゃないの?」
「…ああ、でも3人で行ってみたいと思った」
「相変わらず自由な人だわ」
火凛が嬉しそうに俺と祈里の手を握った。
土蜘蛛が大切にしていた思い出とやらが、胸を掠める。
この何気ない瞬間が、俺の思い出に変わるのだろうか。
俺たちの影が、花火に照らされて延びていく。
その影は楽しげに手を繋ぎ、祭り会場へ向かっていた。




