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6/10

半年前の日付

その日、ジークヴァルト様は来客の対応で書斎を離れていた。


窓の外では、蝉が、耳を灼くように鳴きしきっている。


わたしは廊下の奥で、その扉を見つめていた。


背中を、汗が伝った。


知りたくない、と胸の半分が言う。


けれど、もう半分が、それを許さなかった。


――凶事の夜、この人はいつも屋敷にいない。


その符合の正体を確かめないかぎり、わたしはもう、彼の腕のなかで安らげない。


意を決して、書斎へ入った。


以前、証言書を見つけた、あの奥の棚。


わたしは震える手で、本を一冊ずつ抜いていった。


やがて、棚のいちばん奥。


分厚い書物の裏に、革張りの手帖が一冊、押し込まれていた。


なんの飾りもない、黒い手帖だった。


わたしは、それをそっと開いた。


   * * *


最初の頁の日付を見て、指が止まった。


それは、あの断罪の夜より――半年も前の日付だった。


「……半年、前?」


頁には、几帳面な文字が並んでいた。


見覚えのある筆跡。


ジークヴァルト様の、ものだ。


『アーデンフェルト侯爵令嬢、セラフィーナ。』


その名は、わたしの名だった。


震える指で、頁を繰る。


そこに書かれていたのは、計画だった。


王太子に、ある弱みを握らせ、意のままに動かすこと。


身寄りのない娘をひとり、彼女に近づけ、恩を売らせておくこと。


やがて、その娘に、虚偽の告発をさせること。


証人を用意し、筆跡を似せた手紙を仕立てること。


そして真夏の夜会で、公開の場で、婚約を破棄させること。


「そんな……」


わたしは、口もとを覆った。


すべてが。


これから起きるはずのことが。


半年も前から、順序だてて書き記されていた。


まるで、これから上演する芝居の、台本のように。


最後の一行に、目を落とす。


そこには、こうあった。


『――しかるのち、嵐の街道にて、これを拾う。』


「これ、って……わたしのこと……?」


手帖が、指から滑り落ちそうになる。


嘘だ。


あの断罪も、あの婚約破棄も。


わたしが失った、なにもかもが。


偶然の不幸などでは、なかった。


はじめから、この人が――ジークヴァルト様が描いた、筋書きだったのだ。


わたしを天涯孤独にして、あの雨の街道で拾い上げるための。


「はじめから……ぜんぶ、あなたが……?」


ちりん、と。


窓辺の風鈴が、ひとつ、澄んだ音を立てた。


風は、なかった。


書斎の窓は、固く閉じられている。


なのに、その音は、やけにはっきりと耳に届いた。


まるで、この頁もまた、今、書き終えられたとでもいうように。


そのとき。


背後で、扉が静かに開いた。


わたしは、手帖を握りしめたまま、動けなかった。


やわらかな、いつもの声が、わたしの名を呼ぶ。


「――見て、しまったんだね。セラフィーナ」


責める色は、微塵もなかった。


ただ、どこまでも、優しかった。


それが、なによりも――こわかった。

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