表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コンビニ帰りに宇宙人を拾った  作者: 草野猫彦


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/15

14 待機時間

「――通りました」

 電話口の声は、いつも通り丁寧だった。

 だが間違いなく、明るいものであった。

「連載会議、通過です。準備に入ってください」

「……はい」

 それ以上の言葉は出なかった。

 少しばかり、話をした気はする。

 そして通話を切る。

 数秒、何もせずに立ったまま。

 それから、ゆっくりと息を吐いた。

「通った」

「はい」

 背後でソラが答える。

「おめでとうございます」

「……ああ」

 短く返す。

 実感は、まだ薄い。

 だが間違いなく、世界が少し変わったのだ。


 ここからは、世界を広げていく。

 不特定多数の、読者の元へ。

「じゃあ、手伝ってもらう準備だけど」

「分かりました。アルバイトをやめてきます」

「いや、突然やめると向こうも迷惑だろうし、ちゃんとした区切りでな」

 そして思う。

「本当に、やめていいのか?」

 ソラは沈黙した。

「観察継続、したくないのか?」

「優先順位は存在します」

「そうか」

「幸一さんのアシスタントが、最優先です」

 それが、ソラの選んだ観察対象。

「……そうか」

 正直なところ、それは助かることは助かる。


 それでは、作業を始めよう。

「鯛の尾頭付きを購入しましょうか」

「いや、それはまだ……」

 やる気がどんどんと湧いてくる。

「雑誌に、掲載された時にな」

 今はもう、この力をそのまま使いたい。

「作業に入るわ」

「はい」

 そしてまた、新しい日が始まる。




 望んでいた日々のはずだった。

 だがそれは思っていたよりも、ずっと過酷なものである。

 まだ始まってもいない。

「退職手続きは完了しました」

 そう言ったソラは、自分で稼いだ金で、アシスタント用の設備を買ってきた。

「さあ、アシスタントを」

「その前に、悪いけど飯作ってくんね?」

「分かりました」

 あのスーパーで買ってきた食材で、ソラは料理をしていたのだ。


 彼女が作り上げていた、日常との断絶。

(いや、それは違うだろ)

 ソラが望んだことだ。

 幸一は残り二話分のネームを考える。

 そして習ってきたように、ソラに指示を出していく。

 前回とは違う。


 短い合図。

 それだけで、空気が切り替わる。

 ネーム。

 修正。

 線画。

 塗り。

 仕上げ。

 同じ工程が、途切れずに続く。

「三ページ目、コマの情報密度が高いです」

「削るか」

「はい。視線誘導が分散しています」

「じゃあ台詞も減らす」

「レイヤー分けも過剰です。統合を推奨します」

「了解」

 ショートカットを叩く。

 レイヤーが整理される。

 拡大と縮小を繰り返す。

 線の粗さが消えていく。

「いや、少し戻そう」

「分かりました」

 理由を聞くこともなく、ソラは頷いた。

 果たして理解しているのだろうか。

 幸一の持っているマンガを、ずっと読んだりしていたのは知っているが。


 ページ単位の処理を終えた。

「休養を提案します」

「ああ……」

「コーヒーにミルクを入れることを提案します」

「ついでに何か食事も」

「了解しました」

 デスクの上には飲み物は置かない。

 いつの間にかそうするようになっていた。


 ゆっくりと伸びをして、ちゃぶ台に移動する。

 ソラはそこで、自分の作業を一度中止する。

 温度は適切。

 タイミングも正確。

 アシスタントと言うよりは、マネージャーに近いかもしれない。


 夜。

 日付が変わる。

 それでも手は止まらない。

 画面の光に集中し、外から見ればずっと、部屋の電気が消えることはない。

「進行率、103%」

「誤差だな」

「はい。順調な誤差です」

 わずかに笑う。

 それだけで、また次へ進む。


 数日間、同じ繰り返し。

 だが、確実に違う。

 速度が上がっている。

 精度が上がっている。

 そして――迷いが減っている。

「第一話、完成です」

 ソラの声。

 幸一は手を止める。

 画面を見る。

 そこにあるのは、完成した原稿データ。

「……ああ」

 逃げ場のない形。

「転送します」

「うん、まずは見てもらわないとな」


 わずかな休憩。

 これでいいはずだ、という手ごたえがある。

「続けます」

「おう」

 止まらずにそのまま、続きを描いていく。

 編集からのメッセージ。

「なるほど、こういうことかな」

「文字数が圧縮されます」

「絵で見せるっていうのはこういうことだ」

「視覚情報ですね」

「そういうこと」

 映像的なデータも、ソラには蓄積されていく。


 第二話。第三話。

 同じ工程。同じ精度。同じ速度。

「第三話、完成」

「……終わったか」

「はい」

 まずはここまでは、作成しておかなければいけない。

 だが、それだけではない。

「第四話、プロットを精査しました」

「どうだ?」

「明らかな問題は特定出来ません」

「じゃあネームに取り掛かるか」

「では第五話も、プロットの精査を開始します」

「この作業って、あんまりダメ出し出ないよな」

「幸一さんを基準にしているので、大きく外れることはありません」

「じゃあダメなんじゃねえか」

 現状に満足していてはいけない。

「……やるか」

 自分の限界の、さらにその先へ。


 ソラが睡眠時間を管理する。

 食事などの栄養素も、しっかりと管理する。

(アシスタントの仕事じゃないな)

 手が動く。

 思考が追いつく。

 追い越す。

 そしてまた整う。

 時間の感覚が曖昧になる。

「就寝の時間です」

 強制的に寝かしつけられる。

 朝と夜の区別が、はっきりと分かる。


 ファイルだけは確実に増えていく。

「第五話、原稿完成」

「……全部か」

「はい」

 静かな部屋。

 モニターの光。

 積み上がったデータ。

「……早かったな」

「アシストへの評価ですね」

「ああ、ありがとう」

 幸一は素直に礼を言う。


 これで、完了した。

「連載に必要な初期ストック、条件を満たしています」

「そうだな」

 幸一は椅子にもたれた。

 達成感はある。

 だがそれ以上に――回し切った、という感覚。

「幸一さん」

「ん?」

「創作は安定しました」

「……そうだな」

 否定はしない。

 出来ている。

 それは分かる。


「次工程へ移行可能です」

「次?」

「掲載です」

「……ああ、それは俺のすることじゃないからな」

 ここまで来たのか、とようやく思う。


 作品――そう、作品を完成させた。

 あとは渡せば、それが公開される。

 紙の雑誌と、あとはネットによる配信。

 出版社の名前を刻まれて、幸一の作品が届く。


 幸一はほんの数秒、目を閉じる。

 それから開く。

「送るか」

「はい」

 データを最終確認する。

 不備はない。

 整っている。

 もちろんここからまだ、修正の原稿が戻ってくるかもしれないが。

 クリックして送信。

 それだけで、終わった。


「……行ったな」

「はい」

 ソラは頷く。

「全工程、完了です」

「全部か」

「はい」

 幸一は、少しだけ笑った。

「じゃあ、あとは待つだけか」

「はい」

 ソラは告げる。

「明確に観察の任務を完了しました」

「反応があってこそ、作品は完成する」

「同意します」

 読んでもらって、マンガは完成する。

 評判を待つだけとなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ