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コンビニ帰りに宇宙人を拾った  作者: 草野猫彦


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12/15

12 不完全で進行形

 連載開始前に必要な話数は、最低でも三話。理想は五話。

 以前にアシスタントした先では、そんな話を聞いた。

 編集からの条件は簡潔だったが、意味は重い。

(週刊誌連載って、つまりこういうことか)

 化け物である。

 そしてその化け物と同じように――「安定して出せるか」を見られている。

 つまり一度の成功ではなく、再現性の証明。


 幸一はモニターの前に座り、何も表示されていない原稿データを開いたまま、数秒だけ止まる。

 その沈黙を破ったのは、背後の気配だった。

「本日分の進行計画を提示します」

 振り返ると、ソラがタブレットを手にしている。

「ネーム24ページ。修正一回。ペン入れは16ページ分を目標に設定。達成率に応じて明日以降を調整します」

「出来るか! んなもん!」

 ソラはツッコミにも淡々と答える。

「現状の締め切り逆算では最適解です」

「安全マージン取りすぎて、人間に出来ない作業量になってるぞ」

 そこで沈黙し、頷いた。

「幸一さんは早くないのですね」

「そうだが……そうなのか?」

 何かおかしなことを言われた気もする。


 自然な動作でテーブルにコーヒーを置く。

「カフェイン量は昨日と同量です。過剰摂取は集中力低下の要因になります」

「管理されてるな……」

「観察対象の最適化です」

 言い方はいつも通りだったが、やっていることは以前と違う。

 繊細なコントロールを、おそらく計算しているのだ。

 基準の設定がおかしくて、いきなり無茶な提案をされたが。


 ソラも外で働いて、家でも動く。

 もっともこれは普通に見れば、ただの家事である。

(自分で掃除しないから、逃げ道も塞がれてるな)

 逃避行動が出来ないのは、おそらくいいことのはずだ。


 そして机の端に封筒を置く。

「それは?」

「本日のアルバイトの給与明細です」

「……うん?」

「生活コストの一部を補填しています。現状の収入構造では長期運用に不安があるため」

「ん? 俺の分を、払うってのか? いや、そこまでしなくても少しは貯金があるぞ」

「効率の問題です」

 迷いがない。当然のように言っている。

 つまり他のことに、時間を使う言い訳が出来ない。


 幸一は一瞬だけ言葉を失い、それから肩をすくめた。

「……じゃあ、その分は仕事で返すしかないな」

「じゃっかんの訂正をします」

「え?」

「仕事ではなく創作です」

「そうか。……ああ、そうだったな」

 ソラにとっては、明確に違うものであるらしかった。




 作成したネームは、印刷されて机の上に積まれていく。

 その速度は、それなりのものがある。

「う~ん」

「出来たのではないのですか?」

「んなわきゃーない」

 これはプロットを乗せただけ。

 ネームというのはもっと、高度な作業のことを言う。


 印刷した紙に、鉛筆で修正を入れていく。

 そして元データの方を、また変更していく。

 ペンを走らせる。

 そしてまた変更する。

 プロットは固まっているが、ネームにするのはまた別の作業だ。


 これが創作というものなのだ。

(視線誘導……違うな、こっちから見せたらいけない)

 終わった部分の紙を捨てる。

 しかし終わったはずのページのネームを、もう一度印刷する。


「幸一さん、同じ行動をトレースしています」

「俺の中じゃ同じじゃないんだ」

 蓄積されて、そして出力し、それが同じ形になったりもする。

「う~ん……」

「どうしましたか?」

「三話分、どういう順番で完成させていこうかって」

 なにせこれまで、プロとして読者を意識して、続く話は考えていなかったのだ。


 ただ書けばいい、というわけではない。

(三話分って、難しいな)

 作る構造自体が、そもそも変わってくる。

 次の話を考えると、第一話に描くべきことが、また変わってくるのだ。


「幸一さん」

「うん? あ、コーヒーお代わり」

「はい。まずは最後まで終わらせましょう」

「え……そうか、そうだな」

 すごく重要なことを言われたのだとは、かなり後で気づいた。




 迷いがある。

 以前なら逃避していた時間が、そのまま思考時間に変わっている。

 昼。

「食事を用意しました」

 机から目を離さずに、幸一は答える。

「置いといてくれ」

「五分以内に摂取してください。血糖値低下による判断力低下が予測されます」

「……はいはい」

 言われた通りに手を止める。

 食事は既に適温で、すぐに口に入る状態だった。


 その間もソラは、別のタブレットで何かを確認している。

「何やってる」

「アルバイト先のシフト調整です。明日は午後に変更しました」

「……こっち優先か」

「現時点ではこちらが要観察対象と判断しています」

 合理的だった。

 徹底している。


 日々が続いていく。

 いくらでもあると思っていた時間。

 実はそれは、とても希少なものだった。

 夜。

 ペン入れが進む。


 ページが積み上がる。

 だがそれが組みなおされる。

 作業のリズムが、整うことなどはない。

「本日の進行率、予定比一〇八%」

「上振れか」

「明日の負荷を軽減可能です」

「……いいな、それ」

 短く笑う。

 それだけで、また次のページに入る。

「休養を提案します」

「今いいところだから黙ってろ」

「はい」

 ソラは静かにコーヒーを淹れた。


 数日後。

 同じ流れが繰り返される。

 ネーム。修正。ペン入れ。

 ソラの指摘。

 幸一の判断。

 繰り返し。

 だが、速度は確実に上がっている。

 上がっているだけ、やることが多くなっている。

 会話は減り、精度は上がる。


 迷いは増えているのに、選択は早くなる。

 ――回っている。

 この感覚だけは、はっきりと分かる。

 最後のページ。

 ペンを置く。

「……終わりか」

「データ確認を行います」

 ソラがすぐに端末へ移る。

 数秒。

「不備なし。送信可能です」

「……あっさり言うな」

「おめでとうございます」

「ありがとよ」

 幸一は一度だけ深く息を吐き、それから椅子にもたれた。

 達成感はある。

 だがそれ以上に、

 ――問題なく終わった、という感覚の方が強い。

「送るぞ」

「はい」

 カーソルを合わせる。

 一瞬だけ、指が止まる。

 全力を出したつもりだが、まだ迷いがある。

 おそらくは、ずっと続いていく。


 クリック。

 送信完了の表示。

 静かな部屋に、小さな電子音だけが残った。

「……行ったな」

「はい。編集部への送信を確認しました」

 それだけだった。

 特別な言葉はない。

 だが、確実に次へ進んでいる。

 その事実だけが、そこにあった。

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