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コンビニ帰りに宇宙人を拾った  作者: 草野猫彦


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11 加速する夏

 夏。

 蝉の声さえもが、どこか弱々しく感じる酷暑。

 夏がやってきた。

 店に入ると途端に、そこは天国になる。ガラス越しに見えるアスファルトが、熱で揺らいでいた。

 幸一はアイスコーヒーのグラスに手を添える。表面の水滴が、指先を静かに濡らした。


 時間よりわずかに遅れて、扉のベルが鳴る。

「申し訳ありません。お待たせしました」

 編集の佐伯は軽く頭を下げて、向かいに腰を下ろした。

「いえ、お疲れ様です」

 短いやり取りのあと、編集はタブレットを取り出す。

「応募していただいた作品、正式な発表は雑誌ですが」

「はい」

「佳作でした」

 淡々とした報告だった。

「……そうですか」

 久しぶりに、形となった結果。

 嬉しくないわけではないが、今ならもっと面白く描ける。


 驚きは、ほとんどない。

 あれは、整えて、整えて――止めていた作品だ。

 自分でも客観的に考えられた。

「評価としては、悪くありません」

「ありがとうございます」

「少なくとも、土俵には上がっています」

 幸一は小さくうなずいた。

「それで、ここからですが」

 佐伯が視線を上げる。

「ああ、まずはまた、新しいネームが出来たんですよね。先にそちらを」

「あ、はい」

 幸一はタブレットを操作し、データを表示する。


 改めて作った、止めなかったネーム。

 また否定されてしまうのかもしれない。

 編集はしばらく無言で画面を追った。

 スクロールする指が、一定のリズムで動く。

 やがて、その手が止まった。

「……これはまた……荒くなっていますね」

「自覚はあります」

「応募作の方が、完成度は高かったと思います」

「そうでしょうね」

 否定はしない。


 少しの間のあと、編集は続けた。

「ですが、こちらの方が目を引きます」

 幸一は顔を上げる。

「止まらない感じがある、と言いますか」

「……そうですか」

「整ってはいませんが、勢いがあります。読ませる力がある」

 その言葉に、わずかに息が抜けた。


 あのまま描いたものだ。

 止めなかった、あの感覚のままの。

「それで、提案なのですが」

 編集はタブレットを伏せる。

「連載獲得レースに、参加してみませんか」

 グラスの中で氷が鳴る。

「……条件をお聞きしてもよろしいですか」

「はい。まずネーム三話分。それと、登場人物の設定画」

 本格的な話に、乾いた喉が鳴った。

「加えて、長期連載を想定したプロットも必要です」

「……分かりました」

「さらに一話分については、主要キャラクターのペン入れまでお願いします」

「作業速度の確認、ということですね」

「その通りです。連載は継続できなければ意味がありませんので」

 現実的な条件だった。


 進んでいる。それは確かだ。

「それと、締め切りがあります」

「会議のですか?」

「それもありますが、これも連載に耐えうるか、の確認です」

 連載。

 言葉がどんどんと重くなってくる。

「まず一話分のネームを三週間で。その後の進行で判断します」

 短いが、無理ではない。

「内容についてですが」

 編集は少しだけ表情を和らげた。

「以前出していただいた、宇宙人の女の子のネタ。あれをベースにしてください」

「……あれですか」

「今であれば、キャラクターの解像度も上がっているのではないかと」

 確かに。

 以前とは、見え方が違う。

「いかがでしょう」

 問いかけるようであるが、答えなど決まっている。

 幸一はわずかも考えず、応じていた。

「やります」

「……はい、やりましょう」

 やってやろうではないか。


 話はまとまった。

 店を出ると、また熱気が一気に押し寄せる。

 息苦しいほどの夏だった。

 その暑さの中、幸一の中にも熱が入っていた。




 アパートに戻り、扉を開ける。

「おかえりなさい」

 ソラが、いつもの位置に座っていた。今日は洗濯物を畳んでいる。

 それがいつものことだと、いつから思うようになったのか。

「ただいま」

 靴を脱ぎながら、幸一はそのまま言う。

「連載の話が来た」

「それは良い結果です」

「レース形式らしい。ネーム三話、設定、プロット。それと一話分はペン入れまで」

「作業量が増加しています。生活リズムの微調整が必要です」

 淡々とした応答。

「で、だ」

 幸一は椅子に座ってから、ソラに向き直る。

「もし連載を獲得できたとして、の話だけど」

 ソラは沈黙で促す。

「アシスタントって、またできるか?」

 一瞬ではない間があった。


 想像以上に長い思考時間であった。

「可能です」

「どこまで?」

「マザーからの追加補助が認められました。一般的にアシスタント業務と行えること、全てが可能です」

 なるほど、高性能な答えだった。

「……そうか」

 便利なのは確かだ。便利すぎると甘えになりそうだが。

 だが――。

「同時に」

 ソラが続ける。

「私の観察目標も完了に近づきます」

 幸一は眉をひそめる。

「どういう意味だ」

「創作行為の再現性を検証することで、マザーの要求する観察の蓄積が増加します」

 それはいつも通りの、抑揚のない声……のはずだった。

「効率的な出力手法の確立が可能です」

 それは、やはり。

(正しすぎる)

 あのときの感覚とは、違う方向だ。


 幸一は少し考え、口を開いた。

「使う」

「了解しました」

「ただし、全部は任せない。判断はこっちでやるし、リテイクすることもある」

「制限を確認しました。妥当性があると判断します」

 即答だった。

 あくまでもこれは、幸一が主体ということ。

(つまりただ完成させることじゃなく、俺が完成させることが重要……のはず)

 そのあたりは質問しても、幸一の満足する回答はない。


 部屋の中は、外よりも静かだ。

 だが、その分だけ思考がはっきりする。

 やることは決まっている。

 再び、動かすだけだ。

「アシスタントとしての、速度や精度は期待してもいいんだよな?」

「はい。この件に関しては、マザーの処理能力がバックアップします」

「……むしろ精度を少しだけ下げること、出来るか?」

「下げる方向性を示してもらえれば可能です」

 それはやはり、わざと愚かになることで。


 超高性能なアシスタントに、頼ってはいけない。

 幸一自身に再現性がなければいけない。

 ずっとソラが手伝ってくれる、などという保証はないのだから。

「さしあたっては、俺だけの段階だから」

「ネームとペン入れですね」

「ああ、ひょっとしたら意見を求めるかもしれないが……そこもマザーに頼んだりするのか?」

「対象評価の伝達は禁止されています。なので、私個体の意見になります」

「それでいい」

 それで、充分なのだ。

 高性能である必要などはない。

 ソラが読み、ソラの言葉で、答えてほしい。

 不完全なソラを、幸一は求めていた。

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