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R15 終末世界で、執事は僕を調律する。~人外執事×傲慢坊ちゃま~  作者: 島田まかろん三世
第一章 北海道

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痛み

 視界が、暴力的な速度で反転した。ポチの絶叫と、体の中で、硬いものが砕けるような音。肺が潰れ、喉の奥から鉄の味がせり上がる。


「――っ、が、あ……っ!」


 投げ出された僕の指先から、久世からもらった熱が、剥がれ落ちた。数メートル先。ポチが狂乱のまま、僕という荷物を捨てて森の闇へと消えていく。僕は、ただの「肉」として、冷たい地面に放置された。


 ◇


 少し前――


 久世が、巨大な化け物(クリーチャー)を斬り伏せるのを、僕はポチの背に乗って見ていた。

 距離があった。安全な距離だと思った。


 青い蔦を纏ったそれが、悲鳴のような音を立てて崩れ落ちる。

 久世は血一つ浴びていない。

 いつものように、正確で、冷静で、――完璧だった。


「……ほらな」


 誰に言うでもなく、僕は小さく息を吐いた。

 やっぱり久世は強い。僕の執事なのだから。


 その瞬間だった。


 ポチの体が、びくりと跳ねた。

 耳が伏せられ、いななきが漏れる。


 手綱を引くより早く、地面が後ろへ流れた。

 視界が揺れる。

 制御が、効かない。


「ポチ!? 待て! 待てって――!」


 蹄がアスファルトを叩く音が、狂ったように重なる。

 風が顔を打つ。

 久世の姿が、一瞬、遠ざかる。


 ――まずい。


 そう思った時には、もう遅かった。


 ◇


 最初はただ、全身の細胞が沸騰しているような、不快な熱だけが、意識を支配していた。


 痛みは、あとから追ってきた。

 背中。腕。脚。

 どこが、どれだけ壊れているのか、分からない。


 その時だった。


 視界の中に、異物が咲いた。


 青い。


 まばたきが、できない。

 青色が、広がっていく。


「……なに、これ……」


 左の目の奥が、凍るように痛い。

 頭の内側から、針で掻き回されてるみたいだ。


 視界の中心で、花が開いた。


 花弁が、脈打つ。

 視界と一緒に、呼吸しているように。


 理解した瞬間、悲鳴が出た。

 声にならない、喉の奥だけの悲鳴。


「――――っ!!」


 涙が流れる。

 でも、花は揺れるだけで、消えない。

 むしろ、僕が流した涙を吸ったのか、より鮮やかに発光し始めた。


 その向こうで、久世が僕の方に振り返った。

 僕を見つけた瞬間、あの男の顔が、初めて、崩れた。


「……怜央、様!」


 駆けてくる。

 迷いなく。

 必死に。


 その姿を見て、胸の奥で、何かが、ぐちゃりと音を立てた。


 ――来るな。


 そう思ったのに、口から出たのは、違う感情だった。


「……っ、来るな……!」


 声が震える。

 怒りか、恐怖か、自分でも分からない。


「お前が……!」


 視界が滲む。

 青い花の向こうで、久世が駆け寄る。


 鼻腔を突く、あの品のいい金属の香り。さっきまで安らぎだったそれが、今は僕を異形へと作り変えた元凶の匂いにしか思えない。


 お前が、僕を――こんな風にしたんだ。


 痛い。痛い。痛い。もういやだ。


 痛みで、思考が途切れる。

 世界が、青く侵されていく。


 僕は、青い光を放ちながら、人の形を捨てていく自分の右腕を、左手で呪うように掴んだ。


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