第四章 厄介な申し出
バルトロメウは、急いでいる様子ではなかった。
彼は工房の入口に立ち、通りを眺めていた。エリアスは、彼が用件を説明するのを待っていた。
バルトロメウはブレイデンではよく知られた存在感のある男だった。声を張り上げなくても人々の耳目を集め、急いで歩かなくても周囲の人々が道を空ける。商売のおかげでそれなりの影響力を持っていたが、それをひけらかすことはなかった。身なりはきちんとしていたものの、贅沢な服装ではない。考え事をするときには、短く整えた髭を撫でる癖があった。
今も、彼は髭を撫でていた。
「これから数年先、自分がどうしているか考えたことはあるか?」
彼は尋ねた。
エリアスは首を傾けた。
「たぶん、ここにいると思います」
「工房にか?」
「その前に父さんに追い出されなければ、ですけど」
工房の奥で、テオが必要以上に強く金槌を打ちつけた。
バルトロメウは微笑んだ。
「君の父親は、人を追い出すような男には見えないが」
「道具を間違った場所に置いたときのことを、まだ見ていないからですよ」
「なるほど」
商人は背中で両手を組んだ。
「君はまだ若いが、工房の仕事以上のことを学ぶには十分な年齢だ。村や街道には、やらなければならないことが山ほどある。輸送、保管、ここを通る商人たちとの取引……簡単な仕事ではないが、そうしたことを任される人間も必要だ」
エリアスは注意深く話を聞いた。
こんな申し出を受けるとは思ってもいなかった。バルトロメウの仕事については知っていたが、具体的にどのように商売をしているのかまでは知らなかった。彼は商品を売買し、ほかの土地の商人たちとつながりを持ち、ときには使者では済ませられない用事を片づけるために旅に出る。
「人手が必要なんですか?」
「そうだ」
「荷箱を運ぶ仕事ですか?」
「それもある」
「荷箱なら運べますよ」
バルトロメウは声を立てて笑った。
「それは疑っていない。だが、そのために君に会いに来たわけではないんだ」
彼は少し近づき、周囲に誰もいないにもかかわらず声を落とした。
「私のもとで働いてみないか。仕事を覚え、ほかの土地を知り、自分自身の何かを築く機会を得られる。金持ちになれるなどと約束するつもりはないが、正当な報酬は払うし、私の知っていることも教えよう」
エリアスは黙り込んだ。
ほかの土地を知るという言葉に、彼の好奇心はすぐに刺激された。ブレイデンの周辺から遠く離れた場所へ行ったことは、ほとんどない。大きな都市や人通りの絶えない街道、まるで別世界のような王国があることは知っていた。だが、そうしたものはすべて、物語や商品、疲れた旅人たちを通じて村に伝わってくるだけだった。
「どれくらいの期間ですか?」
「それは君次第だ。旅立つ勇気がないからという理由だけで、ここに残り続けるような従業員は求めていない。仕事を覚え、いずれは責任ある立場を任せられる人間が欲しいんだ」
エリアスは工房を振り返った。
父親は背を向け、蝶番の作業に取り組んでいた。金槌の音が、今は少し遠くに聞こえた。
「父と話す必要がありますね」
「もちろんだ。お母さんともね」
「母さんは給料がいくらなのか知りたがると思います」
「君のお母さんは、分別のある女性に見えるが」
「誰かに何かをさせたいときは、いつもそう言うんです」
バルトロメウはまた笑った。
「もう一つ、話しておきたいことがある」
エリアスは彼を見た。
「何ですか?」
「リリアとの関係だ」
青年の首筋が熱くなった。
「あの子がどうかしたんですか?」
バルトロメウは答える前に、少し間を置いた。
「娘は私にとって大切な存在だ。そして君も、幼い頃から知っている大事な若者だ。仕事の機会が、家族同士の間に誤解を生むようなことにはしたくない」
エリアスは、彼の話についていこうとした。
昨夜、リリアは自分の気持ちを打ち明けた。バルトロメウは彼女の父親だ。そして今、仕事を持ちかけ、責任や自分自身の未来を築くことについて話し、さらには娘のことにまで触れている。
エリアスの頭の中で、いくつかの事柄が結びつき始めた。
もしかすると、これは単なる仕事の申し出ではないのかもしれない。
もしかすると、バルトロメウは自分がリリアと将来を共にするつもりがあるのか、確かめようとしているのではないだろうか。
商人は話を続けた。
「物事を急がせるつもりはない。だが、もし君があの子と一緒に未来を築くつもりなら、自分に何を与えられるのか、考え始めたほうがいい」
エリアスは動きを止めた。
そこだ。
彼の頭の中では、その一言がすべてを裏付けていた。
「わかりました」と、彼は真剣な面持ちで答えた。
バルトロメウは満足そうな表情を浮かべた。
「そう言ってもらえると嬉しい」
「つまり……娘さんを養えるように、私に仕事を紹介してくださっているんですね?」
バルトロメウの笑みが消えた。
「何だって?」
「その、お礼は言わせてください。とてもありがたいお話です。でも、娘さんのためだけに仕事を引き受けると思われたくはありません」
商人は口を開いた。だが、すぐに閉じた。二人の会話がどこで食い違ったのか探るように、エリアスを見つめた。
「若者よ、私は……」
「リリアのことは好きです」と、エリアスは勇気を失う前に続けた。「でも、結婚についてはまだ話し合っていません。実際、昨日、彼女からいくつか話を聞いて、考える時間が欲しいと伝えたんです。仕事を紹介していただいたからといって、約束をするつもりはありません」
バルトロメウは黙り込んだ。
それから片手で顔をこすった。
「やれやれ……」
エリアスの胃が沈むような気がした。
「私、何か勘違いしましたか?」
「大いに勘違いしているな」
「どの部分ですか?」
バルトロメウは深く息を吸った。
「私は仕事を紹介しに来たんだ。仕事だよ、エリアス。婿を買いに来たわけじゃない」
青年は彼を見つめた。
商人もまた、彼を見つめ返した。
一瞬、二人とも身動き一つしなかった。
「ああ」と、エリアスが言った。
バルトロメウは目を閉じた。
「そうだ。ああ、だ」
「では、あなたは……」
「違う」
「でも、未来を築くことについて話していましたよね」
「仕事上の未来だ!」
「それに、娘さんに何を与えられるか考えるべきだとも」
「二人が一緒になるつもりなら、将来について考えるべきだと言ったんだ。採用の条件に結婚を持ち出したわけじゃない!」
エリアスは両手で顔を覆った。
「わかりました」
「わかった」
「これは、かなり気まずいですね」
「ああ」
商人は空を見上げた。おそらく、もっと差し迫った用事を抱えていない神にでも、忍耐を願っていたのだろう。
「この話の一部は、なかったことにしておこう」
「助かります」
「君も同じようにしてくれ」
「もちろんです」
バルトロメウはシャツの襟を整え直した。
「とはいえ、仕事の話はそのままだ。両親と相談しなさい。興味があるなら、また話をしよう」
エリアスはうなずいた。
「考えてみます」
「そうしてくれ」
商人は立ち去ろうと二歩進んだが、そこで足を止めた。
「それから、エリアス」
「はい?」
「何が差し出されているのか確かめる前に、誰かに結婚を申し込むんじゃないぞ」
エリアスはうつむいた。
「覚えておくようにします」
バルトロメウは通りを歩いていった。若者というものや、性急さ、そして簡単な話をすることの難しさについて、何やらぶつぶつとこぼしていた。
エリアスは工房の入口に立ったままだった。
中からテオが尋ねた。
「彼は何の用だった?」
「仕事を紹介してくれました」
「それで、引き受けたのか?」
「まだです」
テオは金槌を振るい続けた。
「なら、どうしてそんな顔をしている?」
エリアスは父親を見た。
「リリアに結婚を申し込みかけた気がします」
金槌の音が止まった。
テオはゆっくりと顔を向けた。
「かけた?」
「誤解があったんです」
鍛冶屋は道具を作業台に置いた。
「申し込んだのか?」
「いいえ」
「なら、申し込みかけてもいないだろう」
「でも、彼がそういうつもりだと思って……」
テオは笑い始めた。
控えめな笑いではなかった。最初は息を詰まらせたような短い音を漏らし、それから作業台に片手をついて、本気で笑い出した。
エリアスは父親を見つめた。
「何がそんなにおかしいのかわかりません」
「私にもわからん」と、テオはまだ笑いながら答えた。
「笑ってるじゃないですか」
「笑ってない」
「笑ってますよ」
テオは手の甲で目元を拭った。
「お前の祖父なら、この話を喜んだだろうな」
「よかったですね。誰かが彼に話してくれるといいんですが」
「私が話してやる」
「父さん」
「心配するな。夕食まで待ってやる」
エリアスは布を手に取り、すでにきれいな道具を拭き始めた。
テオは少しずつ落ち着きを取り戻した。
「冗談はさておき、その仕事はいい機会なのか?」
「そうみたいです」
「お前自身は、やってみたいのか?」
エリアスは村の通りを眺めた。
「ほかの土地を見てみたいとは思います」
テオはすぐには答えなかった。
「なら、話し合う必要があるな」
その話し合いは、昼食のときに行われた。
ミラは口を挟まずに話を聞いた。テオがバルトロメウの申し出について説明し、エリアスは父親が忘れたり、重要ではないと考えたりした細かな点を補足しようとした。
話が終わると、ミラはスプーンを置いた。
「それで、給料はいくらなの?」
エリアスはテオを見た。
テオはエリアスを見た。
「母さんが最初にそう聞くだろうって言ったんです」と、青年は言った。
「そして、あなたの予想は当たったわね。いくらなの?」
「正確な金額については、まだ話していません」
「じゃあ、まだ正式な条件は決まっていないということね」
「仕事があって、正当な報酬が支払われ、仕事を学べる。それは確かだ」とテオが言った。
「それじゃ小麦粉は買えないわ」
「何もかも小麦粉で測れるわけじゃない」
「この家に入ってくるものの大半は、そうよ」
エリアスは二人を眺めた。
いつもの家族の会話だった。水車小屋の新しい蝶番の話であっても、きっと同じような言い合いになっていただろう。それでも、その言葉の奥には、いつもとは違うものがあった。
母は、ただ仕事の条件を吟味しているだけではなかった。
息子が旅立ちたいと思っているのか、確かめようとしていたのだ。
「引き受けると言ったわけじゃないよ」とエリアスは言った。
ミラは彼を見た。
「でも、やってみたいの?」
彼は答えるまでに少し時間をかけた。
「ほかの土地を見てみたい。今すぐかどうかはわからないけど、いつかは」
母親は皿に目を落とした。
テオは黙っていた。
エリアスは、自分の好奇心を両親が初めて、ただの一時的な夢として片づけていないことに気づいた。
「お前がしばらく外に出たからといって、ブレイデンが消えてなくなるわけじゃない」とテオが言った。
「わかってる」
「工房もここに残る」
「わかってるよ」
「だが、行くなら、世の中が焼きたてのパンと整えられた寝床を用意して待っているなんて思うな」
「デリクはいくつか寝床を見つけたみたいだけど」
「デリクは鶏小屋で寝たこともある」
ミラが顔を上げた。
「それ、本当なの?」
「長い話なんだ」とテオが答えた。
「聞きたいわ」
「今じゃない」
エリアスは微笑んだ。
話し合いは、何かを決めることなく終わった。テオが改めてバルトロメウと話すこと、そして、どんな約束を交わすにせよ、まずは何が提示されているのか全員が正確に把握することになった。
今のところ、それで十分だった。
午後、エリアスは共同菜園の近くでリリアに出会った。
彼女は籠の中で葉や根菜を仕分けしていた。妹のセリンも隣で作業していたが、こちらは道を通る人々を観察することに、ずっと興味があるようだった。
「おや、誰かと思えば」とセリンが言った。
エリアスは足を止めた。
「こんにちは、君も元気そうだね」
「誰かを探してるの?」
「リリアと話しに来たんだ」
「それは奇遇ね。ここにいるわよ」
リリアは妹にたしなめるような視線を向けた。
「セリン」
「私、忙しいの」
「この十分快く何もしていなかったでしょう」
「見守っていたのよ」
「別の場所で見守ってきなさい」
セリンは傷ついたふりをして両手を上げた。
「はいはい。大事なお話があるお二人の邪魔はしませんよ」
彼女は小さな籠を手に取り、離れていった。だが、そう遠くまでは行かなかった。エリアスは、話が聞こえる場所にある薬草の列のそばで足を止めたことに気づいた。
リリアも気づいていた。
「あの子、ここから離れる気はないわね」
「声を大きくして話そうか?」
「やめてちょうだい」
エリアスは彼女に近づいた。
「元気にしてる?」
「ええ。あなたは?」
「僕も元気だよ」
二人は黙り込んだ。
たった一晩の出来事で、会話がこんなにも難しく感じられるようになるとは不思議だった。以前なら、エリアスは何も考えずに、彼女が何をしているのか尋ねたり、暑さに文句を言ったり、どうでもいい話をしたりしていただろう。今は、どの言葉も口に出す前に一度確かめなければならないように思えた。
「父があなたと話したの?」とリリアが尋ねた。
「話したよ」
彼女は葉を仕分ける手を止めた。
「何について?」
「仕事のこと」
リリアは続きを待った。
「仕事の機会をくれたんだ。父さんのもとで働いて、商売を覚えて、いずれはほかの土地へ旅することもあるかもしれない」
「そうなの」
「それに、君のことも話題に出た」
彼女の表情が変わった。
「私のこと?」
「ああ」
「何て言ってたの?」
エリアスは首の後ろをかいた。
「君は彼にとって大切な存在だって」
リリアは籠に目を向けた。
「それは本当よ」
「それから、もし僕が君と一緒に未来を築くつもりなら、自分に何を与えられるのか考えるべきだとも言ってた」
彼女の頬が赤くなった。
「父がそんなことを?」
「うん」
「それで、あなたは何て答えたの?」
エリアスは地面を見た。
「君のことを養うためだけに仕事を引き受けるつもりはないって」
リリアは瞬きをした。
「何ですって?」
「それから、君のことは好きだけど、まだ結婚について話し合っていないとも言った」
彼女は一瞬、身動きしなかった。
それから片手で顔を覆った。
「エリアス……」
「わかってる」
「父と結婚の話をしたの?」
「正確には、そうじゃない」
「どういうこと?」
「彼は君を結婚相手として差し出していたわけじゃなかったんだ」
リリアはゆっくりと手を下ろした。
「え?」
「僕が勘違いしたんだ。仕事の申し出が、その話と結びついていると思ってしまって」
彼女は彼を見つめた。
それから、セリンのいるほうへ目を向けた。
妹は背を向けていたが、肩が震えていた。
「セリン」とリリアが呼んだ。
「薬草を摘んでるの!」
「笑っているでしょう」
「集中力が必要な作業なのよ!」
リリアは目を閉じた。
エリアスは笑うべきか、謝るべきか判断がつかなかった。結局、声を出さずにその両方をした。
「本当に、父があなたに私との結婚を求めていると思ったの?」と彼女は尋ねた。
「ほんの少しの間だけね」
「それで、何て答えたの?」
「考える時間が必要だって」
リリアはうつむいた。隠そうとしていたものの、笑みが浮かび始めていた。
「少なくとも、正直だったのね」
「母さんにもそうするように言われたんだ」
「あなたのお母さんも知っているの?」
「父さんは、夕食のときにこの話をするつもりらしい」
リリアは笑った。
今度はこらえようともしなかった。
エリアスは緊張がほぐれていくのを感じた。彼女への気持ちについて答えが出たわけではない。それでも、言葉を一つひとつ吟味せずに話せるようになった。
「昨日、君が話してくれたことを、僕が軽く考えているなんて思ってほしくない」
彼女の笑みが柔らかくなった。
「そんなふうには思っていないわ」
「まだ、どう答えればいいのかわからないんだ」
「それはもう聞いたわ」
「今もわからない」
「いいのよ、エリアス」
彼女は再び葉を仕分け始めた。
「ただ、私を傷つけたくないからって、無理にうなずいてほしくないの」
彼はうなずいた。
「そんなことはしないよ」
「怖いからって、断るのもだめよ」
エリアスは口を開いた。
リリアは一枚の葉を彼に向けた。
「今、答えようとしないで」
彼は口を閉じた。
「わかった」
「よろしい」
彼女は葉を籠に入れた。
「これを家まで運ぶのを手伝ってくれる?」
「もちろん」
エリアスは大きな籠を持ち上げた。リリアは小さな籠を手に取り、二人は歩き始めた。
二人が十分に離れるのを待ってから、セリンは薬草の陰から姿を現した。
「全部聞いてたわよ!」と彼女は宣言した。
リリアは振り返りもしなかった。
「知ってるわ」
「お母さんに話してあげようか?」
「だめ」
「じゃあ、お父さんには?」
「それもだめ」
「なら、誰にも話さないでおくわ」
「ありがとう」
セリンはにっこり笑った。
「でも、忘れないからね」
エリアスはリリアを見た。
「妹さん、僕のことをあまり好きじゃないみたいだね」
「好きよ。ただ、話の種を見つけることのほうが、もっと好きなだけ」
「じゃあ、いい話の種をあげてしまったな」
「そうね」
二人は通りを進んだ。
籠はエリアスが思っていたよりも重かった。風が吹くたびに葉が揺れ、土と潰れた薬草の爽やかな香りが漂った。
しばらくの間、二人は些細なことについて話した。祭りの後片づけのこと、タヴィクの演奏、雨が降りそうかどうか、それからカエルが水車小屋の近くで見たと主張しているナメクジのこと。
エリアスは、彼女の隣を歩けることが嬉しいのだと気づいた。
それはまだ、はっきりとした答えではなかった。
けれど、始まりなのかもしれない。
その夜、太陽が丘の向こうに沈んだ頃、テオは工房の段差に座っているエリアスを見つけた。
彼は手にマグカップを持っていた。
「バルトロメウと話してきたぞ」と彼は言った。
エリアスは顔を上げた。
「それで?」
「正式な話だ。短い旅に同行して、商品の管理を手伝える人間を必要としている。荷箱を運ぶだけの仕事じゃない」
「給料は?」
テオは金額を伝えた。
エリアスは小さく口笛を吹いた。
工房を手伝って得る金額よりは多かったが、大金というほどではない。それに、取引の仕方や仕入れ先との付き合い方を学び、いずれは商売の一部を任される可能性もあるという。
「よさそうだね」とエリアスは言った。
「そうだな」
テオは彼の隣に腰を下ろした。
二人はしばらく通りを眺めていた。
「俺がお前くらいの年齢だった頃もな」と、鍛冶屋が口を開いた。「世界を見て回りたいと思っていた」
エリアスは父親のほうを向いた。
「そうだったの?」
「ああ。父さんには、家には仕事が山ほどあるんだから、街道の夢なんか見ている暇はないと言われていた」
「それで、残ったんだね」
「そうだ」
「後悔してる?」
テオは答えるまでに時間をかけた。
「残ったことを後悔しているわけじゃない。ただ、もし旅立っていたら、何を見つけていたのだろうと考えることはある」
エリアスは父親の手を見た。火と金属によって刻まれた大きな手には、時が経っても消えない傷跡がいくつも残っていた。
「僕は行くべきだと思う?」
「自分で決めるべきだと思う」
「それじゃ、あまり助けにならないよ」
「俺がお前の代わりに決めるわけにはいかないからな」
テオはカップに口をつけた。
「ここに残って学べることもある。外へ出なければ学べないこともある。大切なのは、なぜ行くのかを自分でわかっていることだ」
エリアスは黙り込んだ。
その問いが、二人の間に残った。
自分はなぜ旅立とうとしているのだろう?
好奇心からか。違う人生を送れる可能性があるからか。山々の向こうに何があるのか知りたいからか。それとも、リリアとの会話を経て、自分の人生がいつまでも同じままではないのだと気づき始めたからなのか。
まだわからなかった。
けれど、初めてその考えを退けようとはしなかった。
遠くで、教会の鐘が鳴った。
一度。
そして、もう一度。
エリアスが立ち上がって家に入ろうとしたとき、通りから慌ただしい足音が聞こえた。
馬が街道を駆けてきた。
ブレイデンに旅人が訪れることは珍しくなかった。だが、その馬は汗まみれで、乗り手はどうにか進路を保っているような有様だった。
テオが立ち上がった。
男は工房の前で手綱を引いた。
「ポリニオロはどこにいる?」と、馬から降りずに尋ねた。
「おそらく広場だろう。何があった?」とテオが答えた。
使者は二人を見比べた。服には埃が積もり、顔は赤くなっていた。胸に斜め掛けした革袋には、封印が付いていた。
「ヴェリディオンの行政機関からの命令書を持ってきた」
エリアスは、隣にいる父親の体がこわばるのを感じた。
使者は馬から降りた。
「村の責任者たちを集めてもらいたい。緊急の用件だ」
それまでブレイデンだけのものに思えた夜が、はるか遠くから知らせを運んできた。
そして、その知らせが自分たちの人生をどれほど大きく変えることになるのか、そこにいる誰一人として、まだ知る由もなかった。




