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影を慕いて  作者: yukko
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第9話

歩兵第61連隊。

陸軍の連隊の一つだ。

「ひぃばぁちゃん」のお姉さん・雪子の夫である大石隆行が入隊した連隊である。

輸送船で大石隆行はビルマへ向かっていた。

輸送船に乗る前に大石隆行は家族に手紙を認(したた)めた。

行き先は書けない。


「父上様、母上様

 隆行は幸せ者でございました。

 父上様と母上様の深い愛と導きで、今日まで健やかに暮らせました。

 雪子という伴侶を与えて下さったことも心から感謝申し上げております。

 ありがとうございました。

 これより先、先立つことがございましても、私は父上様、母上様、家族の為だと

 お伝えしておきます。

 雪子のこと、よろしくお願い申し上げます。

 和歌山の山、川、木々を吹き渡る風、田で実る稲穂。

 全てが愛おしく感じております。

 あの景色の中で育てて頂いた日々が、私の生涯を輝かせております。

 我が人生に悔いはございません。

 父上様、母上様、ありがとうございました。  隆行」


お守り袋の中の家族を写した写真を見た。

指で家族の顔を一人ずつ撫でた。

もう一枚の写真を見た。

雪子が一人で写っている。

笑みが思わず出てしまった。

隣の兵士が「軍医殿、妹さんでございますか?」と聞く、「妻だ。」と答えると、驚いていた。


「まだ女学生のようですね。」

「少し前まで女学生だった。」

「えっ?」

「許婚だった。少し前に婚礼して籍を入れた。」

⦅あれっ? 紀州弁じゃない。どうしてなんだ?⦆

「そうですか……新婚なのですね。」

「そうだな。」

「綺麗な方ですね。」

「そやして………心も……美(う)っついのやして……。」

「美(う)っつい?」

「あぁ………すまん。紀州弁だ。

 美しいという意味だ。」

「そうなんですね。軍医殿は和歌山なんですね。」

「君は?」

「大阪です。」

「そうか………。」


それから、雪子への手紙を認(したた)めた。


「愛する妻 雪子へ

 別れて日もあまり経っていないのに、僕は君に会いたい。

 君のことばかりが胸に過(よ)ぎる。

 君は僕のことを思い出してくれているだろうか。

 女々しいと笑ってくれ。

 君の笑み、君の声、君の姿……。

 君の白い胸まで僕は夢に見る。

 こんなに人を愛する日が来ようとは思わなかった。

 君には誰よりも幸せになって欲しい。

 今の僕の心からの願いである。

 もし、君が身籠ったら、このまま大石に残って欲しい。

 だが、身籠らなかったら、君が産まれて育った家に帰って欲しい。

 僕のことは待たなくていい。

 僕は僕一人の身では、この戦争を終わらせることは出来ないと分かっている。

 だが、君を守る為に僕は、この身を捧げる。

 君を守ることのみが、僕の愛だと分かって欲しい。

 僕と結婚してくれてありがとう。

 僕の妻になってくれてありがとう。

 雪子、どうか幸せを掴んで欲しい。

 幸せになってくれ。 君の幸せだけを僕は祈っている。  隆行」

 

その手紙が着く頃、隆行は海の上だった。


1944年(昭和19年)6月 - ビルマに転戦、撤退中の部隊を援護しつつ最後尾で激戦を繰り広げた。


隆行は前の出征と違い、今度は前線での負傷兵の手当てをしていた。

後方での治療とは全く違っていたのだ。

麻酔薬無しで手や足の切断をした。

充分な治療など不可能だ。

そして、その日がやって来た。

負傷兵の元へ駆け寄った隆行の身体が倒れ込んだ。

負傷した隆行は、もう助からないと理解した。

胸のポケットに入れていたお守り袋の中の両親に、雪子に会いたかった。

だが、手は動かない。


「おと…さん……。

 お……か……さん………。

 ………ゆ………き………こ………。」


誰にも聞こえない声だった。声にならない声だった。

砲弾の音、銃撃の音が激しく轟いている。

大石隆行 享年25歳。

俺はその声を聞いていた。大石隆行の最期を見ていた。


隆行が戦死した後も戦争は続いた。

歩兵第61連隊は、その後ナコンナヨク北方のドリアン山にて陣地構築した。

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