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影を慕いて  作者: yukko
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第8話

雪子が敷いた布団。

この布団で朝を迎えるのは、今夜限りだ。

もう、夫が生きて雪子に会うことは叶わない。

俺は分かっている。

「ひぃばぁちゃん」のお姉さん・雪子の夫が戦死したことを……。

本当の今生の別れの一夜なのだ。

ここからは、俺の意識は前の夜と同じで、見守る親戚の人のようだ。

目の前で夫は言葉なく雪子を抱き締めている。

夫の腕の中の雪子の目には涙が……。

身体をゆっくり話した夫が雪子に話し始めた。


「雪子、もう僕の帰りを待たんでも、ええ。」

「嫌でございますのし。」

「雪子……この戦争は勝たれん。

 日本は鉄も無けりゃあ、石油も無いのやしてよぉ。

 軍艦も、戦車も、爆撃機も……鉄と石油が無けりゃ……戦争は出来(でけ)へんのや。」

「………………。」

「負ける戦に僕は往く。」

「旦那(だな)さん………。」

「雪子……お前を守る為に往く。

 お父(と)さん、お母(か)さん……家族を守る為に往くのやして。」

「旦那(だな)さん………。」

「雪子のことは、お父(と)さんに頼んだある。

 僕の戦死広報が届いたら、家に帰りよし。ええな。」

「なんででございますのし。」

「縁があるやもしれん。まっと、ええ人に嫁げるやもしれん。

 18の雪子を後家にしたままにしておかれん。」

「嫌でございますのし。」

「我儘言うなや。」

「お待ち……しますよし。」

「雪子。」

「私(わたえ)の旦那(だな)さんは、大石隆行さんお一人でございますよし。」

「雪子……。」

「私(わたえ)は、旦那(だな)さんが許婚や……。

 そない教えてもろた時、まだ10歳でございましたのし。

 10歳やったけんど、初めて旦那(だな)さんにお会いして……。

 私(わたえ)はこのお方と添い遂げるんや……そない心に決めましたよし。

 心は変わってないのやして、え。

 どうぞ、旦那(だな)さん……待つこと許して頂かして。

 お願いでございますのし。」

「雪子………僕の望みは、お前が生きることだけやして。

 僕の分まで生きて欲し。」

「旦那(だな)さんを……この離れでお迎えして……。

 私(わたえ)に『お帰り成して。』……そない言わさせて頂かして。

 帰って……この離れに……帰って……どうぞ……帰って来て頂かして。」


夫は再び雪子を強く抱き締めた。

そして、優しく口付けを………それから後のことは、俺は見ていない。

ただ、二人は最後の夜を狂おしいまでに求め合っただろうことだけは分かった。

夫の声だけが聞こえた。


「雪子……お前だけやしてよぉ。

 僕が……心を寄せたんは……。

 僕も許婚やって知ってから……。

 お前が日に日に別嬪さんになって行くのを見てたんや。

 待ってたんや。お前が嫁いで来てくれる日を…僕は待ってたんや。

 …………雪子、僕を忘れんといてくれよ。

 僕はお前の傍に必ず帰って来るよってにな。

 どないなことしても……帰って来るわいな。」


雪子の声は聞こえなかったが、忍び泣いているように俺は感じた。

最後の夜は明けていく。

二人を引き離すように明けていく。

雪子は夫の為に最後の朝食を作り、一緒に食べて、屋敷の門の前に夫の家族と共に立った。

軍服姿の夫が集まった村の人々に挨拶をした。

家族は涙を見せることすら許されない。

雪子は俯いていた。

万歳三唱が終わり、「♪勝って来るぞと 勇ましくぅ~♪」と歌いながら駅まで行進した。

雪子はずっと俯き加減に歩いている。

駅で列車に乗り込んだ夫を……その姿を目に焼き付けて決して忘れないように!そう思っているかのような雪子の眼差しだった。

これが、この若い夫婦……たった三日間の新婚夫婦の今生の別れだった。

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