第7話
遂に……出征祝いの宴が開かれた。
俺の「ひぃばぁちゃん」のお姉さん・雪子は精一杯の支度をしてくれた。
山間の村だから海の魚は、元々手に入らない。
だから、鯛などお目に掛かれないのだ。滅多に……。
それを、誰に頼んだのか分からないが、雪子は小振りながら鯛を用意してくれた。
でも、俺は思ったのだ。
⦅目出度い時の魚が鯛だろう。目出度いのか? 目出度くないだろう!⦆
「旦那さん、御っさん、お芽出とうさんでございますぅ。」
「大旦那さん、大御っさん、お芽出とうさんでございますぅ。
二度もお国の為に出征なさるんやしてよぉ。
ほんまに芽出度いことでございますのし。」
⦅うん? 戦争へ行くことが目出度い? 死ぬかもしれんのだぞ。⦆
「おおきに。ありがとう。」⦅この人、父親か?⦆
宴は進み、最近は飲むことが難しくなった酒が出たこともあり、大いに盛り上がった。
久し振りに飲んだ酒が宴を賑やかにした。
誰かが歌い出した。何曲も続いた。
それらは、全て軍歌だった。
俺はただ座って、差し出された酒を飲み、相槌を打っていた。
ふと、雪子の姿を目の端に捉えた。
雪子は膳に出ている料理がなくなると、女衆に指示をして新しい料理を出したりしている。
夫の母親らしき人は、采配の全てを嫁である雪子に委ねているようだ。
雪子は酒が少なくなると、急いで燗をつけて出している。
その顔は笑みを浮かべながらも、時々、曇る。
⦅まだ18歳の娘なのに……】と俺は思った。
健気という言葉が当てはまるのが雪子のように思う。
宴が終わると、母屋は女衆が後片付けに忙しく動き回っている。
その中に雪子も居た。
俺は、この夫の両親とお茶を飲んでいる。
「のうよ。」
「はい。」
「お国の為に死んで来い!そない言わなならんのやろけんど……。
うちには跡取りがお前しかおらんのや。
帰って来い……頼む……帰って来い……。」
「お父さん……。」
父は手にしている湯飲み茶碗を握りしめたまま身動き一つしていなかった。
母はそっと言った。
「ようやっと、お帰り成したのに……また赤紙が来るやなんて……。」
「お母さん……ご時世ですわの……。」
「お父さん、あないなことお言いやけんど、本心は違いますよし。
跡取りとかやのうて、正一さんに帰って来て欲し………。
親より先に逝って欲しない……それだけやして、え。」
「お母さん……分かってます。」
「……っ…………。」
母が声を殺して泣いている。
出征は喜ぶべきものであり、「立派にお国の役に立て!」と言って送り出すべきものらしい。
でも、親の本音は違うだろう。
この村でも戦死者は出ている。
戦争へ行った若者達の戦死を伝える死亡告知書(戦死公報)が届いている家もある。
それも決して少なくなかった。
今のこの両親の言葉は、本音なのだ。
息子の無事な帰還を願っているのだ。
どのくらい経ったのだろうか………俺は雪子と暮らしている離れへ雪子と共に戻った。
これが今生の最後の二人の時間だった。




