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影を慕いて  作者: yukko
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第6話

朝、目覚めると、そこは…………目覚めて直ぐに見た部屋が「ひぃばぁちゃん」のお姉さん・雪子との寝室だった。

新婚夫婦の為の離れだったのだ。

母屋は雪子の夫の両親が暮らしている。

⦅あ………帰れなかった……。⦆と少し落胆した。

でも、昨日のような気持ではなかった。帰りたいけど……。

雪子の恥ずかし気でありつつ嬉しそうな笑みが俺の視界に入った。

⦅俺は二人のキスシーンだけしか見てないぞ。その後、気が付いたら朝だったから……。⦆と弁解した。心の中で……。

誰に対しての弁解かって言うと、それは目の前に居る「ひぃばぁちゃん」のお姉さん・雪子と、俺の妻だ。

雪子の薄紅色に染まった頬を見ていると、この夫婦がどうして死によっての離別をしなければならないのかと憤懣遣るかたない思いになった。


「旦那(だな)さん、お目覚めなして……。」


雪子に誘われるまま、俺は朝食を摂った。

朝早く起きて作ってくれた朝ご飯だ。


⦅俺が朝ご飯を作るのは簡単だよな。

 トーストと目玉焼き、簡単なサラダだもんな。

 雪子さんは本当に手間かけて作ってくれたんだよな。⦆


掃除している雪子の姿も見た。

使い終わった茶葉を畳の上に振りかけて、箒で掃き、その後で拭き掃除をしている。

俺が掃除する時、簡単だ。掃除機だから……。

この時代の家事って、とてつもなく大変だと思った。

母屋には女衆(おなごし)と呼ばれているお手伝いさんのような女性が居て、その人達が炊事、掃除や洗濯をしている。

雪子は望んで、一人で行っていると聞いた。

雪子の心を慮った。

夫を愛しているから、夫の食事も洗濯も……夫の書斎の掃除も……自分の手でしたかったのだろう。

短いたった三日間の新婚の暮らし。

雪子は夫の所作全てを目に焼き付けたかったのかもしれない。

大変だろうと思い、俺が何か手伝おうとしても「旦那(だな)さん、手伝うて頂かんでも宜しのやして、え。」と言って何もさせてくれない。

まぁ、戦力にはなれないだろうけど……。


今日は雪子が望むままに近くの神社に行った。

二人で手を合わせた。

顔を上げたら雪子はまだ祈願していた。

俺は気付いた。

この身体の中に、ほんの少し俺が存在しているだけだということに……実際は「ひぃばぁちゃん」のお姉さん・雪子の夫なのだ。身体も心も……。

ただ、俺はこの人の中に居て、見守っているような感じなのだということに………。

だって、俺は「早く帰れますように!」と祈願したいのに、この人の「雪子を守って下さい。」が大きくて、俺の祈願の言葉は消えた。

この人の祈願「僕の死が無駄やのうて……俺の死で家族をお守り下さい。……両親を、兄弟を……雪子を守って下さい。」だったのだ。

戦場へ行くということの意味を俺は、ほんの少し分かったように思った。


「旦那(だな)さん、これ、持って行って頂かして。」

「これ………。」

「お守りでございますのし……。」


守り袋は俺が知っている物より大きかった。


「写真が……入ってますよし。」

「写真?」

「お舅(と)さん、お姑(か)さん……ご家族皆さんのお写真でございますよし。」

「雪子の写真は?」

「入れても宜しございますかいし。」

「ええに、決まったある。」


雪子は恥ずかしそうに自分の写真を渡した。

受け取った俺は「白黒写真」の中で着物を着て椅子に座っている雪子の姿を見た。


「美(う)っついのう……。」

「旦那(だな)さん……。」

「おおきに……ありがとう。雪子……。」


俺は大事にしたいと思った。

多分、この夫は、この写真を最期まで大切に持っていたんだろう。

雪子からは「千人針」というのも貰った。

穴の開いている五銭硬貨や十銭硬貨を縫い込まれている。

この当時の貨幣を俺は初めて見た。

この貨幣を縫い付ける意味を聞くと、「五銭」は「死線(しせん=四銭)」を越え、「十銭」は「苦戦(くせん=九銭)」を越えるという事に由来しており、無事を願う語呂合わせだという。

また、願わくば敵の撃った銃弾が硬貨に当たって助かる願いもあると聞いた。

しかも、虎の絵を刺繍で描いている。

この虎の意味も聞いた。

すると、虎が「千里を行き、千里を帰る」との言い伝えにあやかって、兵士の生還を祈るものだと教えて貰った。

家族は、妻は、無事の帰還を祈り願って「千人針」を近所の女性達に頼んで、赤い糸で縫って結び目(玉結び)を一目作って貰ったのだろう。


「前の出征時も、もろたで。」

「………あれは………。」

「また、作ってくれたんか?」

「はい!」

「ほな、前の千人針と、これを持って行こかいの。」

「………おおきに……。」

「おおきに、は僕が言う言葉やして。」


そう、出征するのは、もう明後日。

今夜だけなのだ。二人だけの夕食は……。

明日の夜は、出征兵士の祝いの宴。

もう二人の時間は少ない。

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