第4話
「ひぃばぁちゃん」の話を聞いたその日、皆「じぃちゃん」の家に全員泊まった。
俺と妻と娘、そして俺の両親。
なかなか俺は寝付けなかった。
何度も思った。
⦅俺にもし赤紙が来たら……。どうなるんだ? 家族は……。⦆
俺は急に怖くなった。
そして⦅絶対に嫌だ!⦆と思った。
⦅嫌だったのかな? 「ひぃばぁちゃん」のお姉さんの旦那さん。
どんな想いで、最後の夜を二人で過ごしたのかな?
抱き締めて二人で泣いてたのかな?
俺は……俺なら、娘のこともある。
やっぱ、行きたくないなぁ……。
否、絶対に行きたくない……でも、それが出来ないんだよな。
戦争だから………。⦆
そんな風に思っているうちに、段々と瞼が重くなってきた。
知らぬ間に……………。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
俺は寝てしまったようだった。
目が覚めると……そこは見知らぬ世界だった。
⦅あれっ? ここ、何処?
あ………まだ寝てるのか………。⦆
「旦那さん、お目覚めでございますかのし。」
「へっ?」
「旦那さん? どない、なさいましたかのし。」
「ここ……何処?」
「旦那さん、婚礼をお忘れなして………。」
周囲を見ると、見たことが無い部屋だった。
俺は「ここは何処だぁ―――っ!」と叫んでしまった。
すると。俺のことを「旦那さん」と呼んでいた女性が大粒の涙を流して俯いている。
訳が分からなくなった。
そして、俺は寝ていたことを思い出した。
⦅もう一度、寝ればいいのだ。 これは夢だから!⦆と、また布団を被って寝た。
すると、「旦那さん……。」と声がする。何度も………。
それも涙声で………。
狸寝入りをしていることに罪悪感が湧いて来た。
「旦那さん……今日を入れて三日しかあらしません。」
「えっ?」⦅三日しかない? 何が?⦆
「今日と明日だけ……最後の………明後日は………。
皆がお別れの宴を………。
旦那さん………この二日だけ……旦那さん………。
私と………。」
後は涙声で言葉になっていなかった。
⦅後三日………別れの宴? なんのことだ?⦆
「……旦那さん…ご入営前に……お願いでございますのし。
どうぞ、私に………想い出を頂かして……。」
⦅にゅうえい? にょうえい、って何?⦆
「……旦那さん……
『子が出来たら……お前が可哀想や。』
そない……祝言の後……けんど、私は……。
子が出来たら……と……考えたことございませんよし。
子……その前に、旦那さんと紀ノ川沿いを歩いて……。
思い出が欲し………もう……お傍におられるのは三日間だけですよし。」
⦅え…………………三日間……祝言……?⦆
「……旦那さん……『この大東亜戦争は負ける……。』って………。」
⦅え…………………大東亜戦争?………「ひぃばぁちゃん」!のお姉さん?⦆
「『僕は死ぬ。』って……聞きとうありません。
歩兵第61連隊にご入営の前に……この和歌山の美っつい…山、川を……。
忘れんといて頂かして。
忘れんといて欲しよって、お願いでございますのし。
私と、紀ノ川沿いを歩いて欲しのでございますよし。」
⦅嘘だろっ! 「ひぃばぁちゃん」のお姉さん。 俺が旦那さん? 有り得ん!⦆
そう思っていても、目の前で俺より若い……いや、幼い「ひぃばぁちゃん」のお姉さんらしき人の涙を見ていると、⦅何時までも寝てるのは、大人気ないな…。⦆と思った。
「ほな……行こか。紀の川へ……。」と言うと、泣いていたその幼な妻の涙で濡れた目が俺を真っ直ぐに見つめた。涙が残る目を輝かせて……。




