第3話
「ひぃばぁちゃん」は、ゆっくり話し出した。
俺は⦅もう、昔のことだろう。俺には関係ないのにな。⦆と思い嫌々座っていた。
「私の姉さんが、許婚のとこへ嫁ぐ前のことでございますのし。
姉さんは女学校でお国のお手伝いをしなさって………。
その日、姉さんは目を腫らしてお帰りなした。
私が、『姉さん、どないなさいました?』と聞きましてのし。
姉さんは大事無いって言いなさったのや………。
けんど、何かあったに違いないと私は思いましたよし。
それから、直ぐやった。
姉さんが嫁ぎなさったのでございますのし。
花嫁衣裳の姉さんは、それは、もうこの在所一の美っつい花嫁御料やった。」
「あの……美っついって、どういう意味ですか?」
「美しい!や。」
「あ……そうなんだ。」
「静に聞き!」
「はい⤵」
「姉さんの話、続けさせて頂きますよし。
婚礼で姉さんは泣いてらした……。
それを私は花嫁さんの涙や、と思いましたのよし。
けんど、違うてましたのや。
姉さんの涙は、旦那さんが出征しなさるからやった。
たった三日。
たった三日間の夫婦やったのやして……。」
「三日間………。
あの……旦那さん、って何ですか?」
「旦那さんのことや。」
「あ……堪忍え。紀州弁でございますのし。」
「お母さん、気にせんと続けて下さい。」
「おおきに。
姉さんが泣いてらしたのは………お国の為、女学校で……。
あの赤紙を姉さんが書かなならんかったからでございますのし……。」
「赤紙ってなぁに?」
「兵隊さんになる時に届く手紙や。」
「ふぅ~~ん。」
「姉さんが通うてらした女学校で、お国のお手伝いをなさったらした。
その時に、姉さんが書いた赤紙の中に許婚の名があったんやして。
どないな…………姉さん………泣いて女学校から帰って来なさったのは……。
赤紙に……許婚の名を書きなさったからやったんや。」
「お母さん、その方は?」
「戦死……やった。」
「戦死………。」
「姉さんは、最期まで……旦那さんからの手紙を………。
その手紙を旦那さんの一番末の妹さんにお渡ししますのや。」
「ほな、その為に?」
「そやして、その為に晴四郎さんの御家にお邪魔させて貰たのや。」
「そないでしたか……。」
「あの大東亜戦争が無かったら……。」
「お母さん……。」
「そない思いますよし。」
俺は思った。
もし、今、戦争になって、妻子を置いて往かないといけなくなって死んだら……心残り半端ない!
「ひぃばぁちゃん」のお姉さんは、戦後すぐに亡くなったということだ。
戦後の日本は医療も今とは違っていて、都会ではない所では医薬品も充分では無かったそうだ。
今なら助けられる命だったのかもしれないと思うと、可哀想になった。
「ひぃばぁちゃん」も、「じぃちゃん」は4男で、上の3人の男の子は、死産だったり、生後3ヶ月くらいで亡くなったそうだ。
だから、「じぃちゃん」は「晴四郎さん」と呼ばれるのだそうだ。
「ひぃばぁちゃん」は自分の息子でも、長男には「さん」をつけて呼ぶという謎のしきたりがある家で、4男だけど、実質長男の「じぃちゃん」を今でも「さん」付けで呼んでいるのだそうだ。
それも、俺の「ひぃばぁちゃん」だけかもしれない。
この謎のしきたりは、「ひぃばぁちゃん」の家だけかもしれない。
俺の「ひぃばぁちゃん」が使っている紀州弁を使う人は、明治、大正生まれの人。
その人達の多くは、もう鬼籍に入っている。
ほんと、分からないな。人の人生って……。
そう思うと、「今の日本に生まれてきて良かったぁ~!」と声に出してしまった。
「そうでございますのし。」
「ひぃばぁちゃん」のその一言が俺の胸に突き刺さった。




