楼閣は一夜の幻につき
「わたくしたちの楼閣は認めた者しか入れません」
尼のような装いをした狐の女、ミタマはそう切り出した。彼女は自身の尾から抜いた毛を道に蒔いている。技能の発動準備らしいけれど、なかなかにシュールな光景だ。
「お主、巫女をどうするつもりじゃ?利用するだけというなら承知せんぞ」
「利用するつもりはありません。ただ、巫女のお方には私たちの士気を上げていただきたいのです」
「士気?」
「はい、村長に反旗を翻す時、わたくしたちの勝利を祈ってほしいんです」
どうやら私が終末を呼ぶ巫女だとは気づいていないらしい。
ミタマは両手で印を結ぶ。同時に、空中に光り輝く穴が出現した。
笠の鈴を鳴らし、静かに横にずれるミタマ。中に入れ、ということらしい。
「ま、待ち、この術は本当に安全なんか?ずいぶん大がかりやん……」
「おや、狐のお嬢さん。心配なさらないでください。数十人分の幻術で作った空間ですので」
「うーん、ぼくも、エイデンさんの保護者としてはリスクは取れないですね……」
「おい、いつの間にわしの保護者になった」
「……小鬼、あなたが持っているのは神代麦ですね?こんなにたくさん……とても珍しいですね。一束五万ティアで買い取らせてください」
「皆さん、勘違いしてます。この人めっちゃいい人ですよ」
「小鬼、気持ちは分かるが金に踊らされるでない」
私は少し考え込んでからミタマを見、エイデンを見る。危険と好奇心を天秤にかけて、結局賭けてみる価値はありそうだと思った。
「……行ってみてもいい?物は試しって言うでしょ」
「じゃが、罠かもしれんぞ?」
「罠でも終末でも、世界樹が覆してくれるんでしょう?」
そう微笑むと、エイデンは「まぁそうじゃな」と頬をかいた。
「それでは、準備は良いですか?細かい説明もなしにすみませんね。時間がありませんので」
促されるまま、おそるおそる穴に足を入れる。すると――強い引力で吸い込まれ、私はあっという間に穴に落ちていった。視界が暗転する。
そうして、私は『幻術』の中へ誘われた。
目を覚ますと、そこは畳張りの和室だった。
私は壁にもたれかかっていた。傍にあるのは行燈。室内は薄暗く、紫色の月の光がわずかに差し込んでいるだけ。少し離れたとこrにはエイデンたちが固まって倒れていた。
「早いお目覚めですね」
声の方に顔を向ける。すると、格子窓の下に、長い金髪の狐――ミタマが正座をしていた。
「……皆を無事なの?貴方、何もしてないわよね?」
「確認してみては?」
私は三人の脈を順に確かめていく。呪いをかけられた様子もなく、呼吸に異常もない。ひとまず胸を撫で下ろす。
「わたくしは、あなたに村長打倒の手助けをしてほしいだけです。この腐り切った村を根本から変革したい。……こんなところで満足でしょうか?」
「いいえ、まだ駄目ね。貴方は何故私を頼ってきたの?」
「空を飛んでこちらにやって来るあなた方が見えて、これは只者ではないと悟ったからです。半化けの少女も連れていましたし」
「あ、やっぱり見えてた?」
「あんなに派手に来られては。初めは隕石かと思いましたよ」
そこで、ミタマは窓際から離れ、部屋の隅へと移動する。そして、そこに置かれた長い物体を触り出す。暗いためはっきりとはしないが、おそらくそれは。
「琴……よね?」
「知っているのですか?これは驚きました。ご出身はどちらで?」
「もう、なくなってしまったけれど……、生まれは倭村よ」
「倭村?」
不意にミタマが振り向いた。琴に手を添えながら、笠の鈴をちりんと鳴らして。
「倭村ですか?本当に、あの?」
「ええ……竜に襲われて、滅んで、しまった……」
「その件は……わたくしも心を痛めました。
何分、稲荷村の文化は全て倭村から伝わったものですので」
衝撃的な発言に、一瞬固まる。
稲荷村の文化が、倭村のものだって?
「この琴もそうです。先祖から、倭村のものだといって受け継がれてきたものです。この村の者なら皆弾けます。もちろん、私も」
「う、嘘……だってそんな話、聞いたこと……」
「では、証明してみせますよ」
そう言って、ミタマは琴を丁寧に弾きだす。
信じられない。もう、一生耳にすることはないと思っていたのに。
終末巫女が絶やしてしまった、この音を。
琴が柔らかなメロディーを紡ぐ。なんて、懐かしい。この歌は……村の子たちと一緒に、神社で弾いたことがある。曲名は何だっけ。そういえば、よく弦を間違えて困っていたな。
――心が、洗われていくようだった。
私は、気付けば、雫を頬に伝わせていた。
色あせた記憶が蘇る。
そして、しばらく――ただ滂沱と、涙を流していた。
――ある日、稲荷村から帰ってきた商人がこう言った。
――「あそこの村の狐は、全員化かされている」と。 ……手記『世界現身鏡』より
読んでいただきありがとうございます。
ミタマが弾いていた曲というのは、『さくらさくら』です。どこかで聞いたことがある人も多いんじゃないでしょうか。




