邪竜と終末巫女 後編
巫女舞を、踊る。
私は目を瞑って手に持った鈴をしゃんと鳴らした。音が耳の奥で鈍く反響する。
それから、袴の裾を翻して一歩踏み出す。足を置いてからは早かった。
流れるようにステップを刻んでいく。目の前に立ちふさがる邪竜、ドゥマルムはじっと私のことを見下ろしていた。
まるで、出方を窺うように。
なら、邪竜すらも魅せてやろう。巫女として磨き上げてきたこの技能で。
「ツバキ、炎の勢いには気を付けてね。火傷しちゃうわよ」
「いっ、今から何する気なん?巫女さん」
炎に変化したツバキは意味が分からないという風に話しかけてきた。
前に巫女舞を披露したのはフォルたちダークエルフの刺客を退けるためだったか。あの時、確かツバキは同じ場所にいなかった。
左手を尻尾を握っているもう片方の手で叩き、鈴でしゃん、しゃんと立て続けに音を奏でる。
すると白色の光がツバキの炎に宿り激しく燃え上がった。ふわあっ、と面食らったような声が上がる。
「すっ、すごい!巫女さん、体の奥底から力が湧いてくるんやけど……!」
「巫女舞によって付与される効力よ。バフ、と言った方がいいのかしら。今はツバキにバフを与えているから、力に振り回されないようにね」
天高く燃え盛る火にじりじりと身を焦がされながら、私は炎の剣を尾っぽごと体の前に掲げる。
邪竜が動き出す前の、ほんの一瞬を狙って。尻尾から噴き出す炎を――地面に叩きつけた。
「まずは『巫女舞・一小節目』」
途方もない大きさの炎の渦がドゥマルムを襲う。
ドゥマルムは耳が割れそうになるほどの咆哮を打ち上げた。緋色の炎と真っ黒な煙がぶつかり、交わり、しのぎを削る。
やがて非情にも、火の粉のことごとくが弾かれてしまった。
私たちのことを嘲るように煙が一気に散布される。
黒砂糖が入った袋をひっくり返したみたいだった。煙をもろに吸った私は体をくの字にして咳き込む。
この煙はやばい、と体が拒否していた。
「けほっ、かはっ……。ツバキ、大丈夫?」
「うちは全然!うちの鼻と口は今巫女さんが握っているところにあるんよ」
「そうなの?勝手に触っちゃってごめんなさいね」
何はともあれ、私が鼻と口を塞いでいたおかげで、ツバキは無事なようだった。
よって巫女舞は続行。私はもう一度紡ぎ直す。
今度は少しだけ速度を上げて。
一連の動きを終えた後、ツバキの尾が白く光った。徐々に速度を上げて踊り、ツバキに白光を纏わせるの繰り返し。
それを何度かして、ひときわ大きい光が灯った時、邪竜が低い唸り声を上げて立ち上がった。
『ガァ……』
その眼光は爛々と輝いている。四肢を地面に沿わせて低く屈み、ブレスを撃つ体勢に入る。
まだ、巫女舞は完成していない。あと少し。少しの時間さえあれば、紡ぎ切ることができるはずなのに。
私は神楽鈴を構えたまま立ち尽くす。
ブレスが放たれようとした、その時だった。
「おいお前ら、魔法を撃て!巫女さんを助けるんだ!!!!」
ダークエルフの怒鳴り声が耳を突いた。閃電と氷塊と火球が絡まり合いながら一つの色彩になって突っ込んでくる。
その光景は私の目を覚ますには十分なほど鮮やかで。
邪竜のことを物量で押し切った。
咆哮は上を向き、ブレスは天へと解き放たれる。
ぱらぱら、と雨粒のように細かくなって降ってくる呪い。
とっさに顔を両腕で覆った私の上に――木の根で編まれた天蓋が展開した。
ダークエルフが発動してくれた樹壁魔法だ。けれどその翠は、違った意味を伴って私の瞳に映り込んだ。
「エイデン……」
翠はエイデンの色だ。
ふんわりした翠の巻き毛をして、透き通った翠の瞳をした、青年の姿が脳裏に蘇る。
記憶の中の彼は、いつだって終末巫女を元気づけてくれる。私は小刻みに震えていた足を叩き、前をキッと睨み付けた。
炎を途切れさせてしまったツバキへ語りかける。
「ツバキ、再燃よ。さっきの火力をもう一度再現してみせるの」
「えっ、さっきのを……?うちも何がなんだか分からないまま必死にやってた感じなんやけど……」
「貴方ならできるって、私、信じてるわよ?」
手の中の尾がぴくり、と跳ねた。そしてその先からふつふつと炎が噴き出し始める。
「しょ、しょうがない!巫女さんにそう言われちゃ、やるしかないんよ!命を焦がしてでも!」
小さかった炎は猛々しく揺らめき――やがて、巫女舞でバフを付与していた時以上の見た目になった。
真っ赤な灯に草原一帯が明るく照らし出される。
邪竜から困惑の鳴き声が上がった。
ダークエルフと剣士たちから歓喜の叫び声が上がった。
雄叫びと共に火力を増していくツバキのことを見て、私は目を細める。
この子も変わった。
故郷の村長へ怯えながら立ち向かった彼女は、どこにもいない。
きっとそれを、成長というんだろう。
「『狐火』」
だから私は、丁寧に一歩を刻んだ。
彼女の献身に応えられるように、巫女としてなせることをするまでだ。
「『巫女舞・第二小節目』」
瞬間、赤と黒の光が躍った。




