呪いと呪いの対面
閃光がやんだ後、そこに横たわっていたのは真っ黒な邪竜だった。
『ガアァァァ……』
巨体からは鱗がぼろぼろに剥がれ落ちていて、大きな口から吐き出される息は荒い。一対の眼だけが爛々と闘志を宿してこちらを睨んでいる。
私が動かない限り、相手も動き出すことはない。つまるところ膠着状態。
「ツバキ、大丈夫?体調には変化は?」
「かろうじて……。巫女舞の加護のおかげで呪いを食らうことはなかったんよ……。邪竜の呪いも削げた……。今、あっちもかなり憔悴しとるはず……」
手元のツバキは炎を揺らめかせて息も絶え絶えに言う。やっぱり邪竜との衝突は荷が重かったか。後で散々労わってあげよう、と尻尾を擦りながら思う。
ドゥマルムは鱗を再生させる気配はない。ツバキの言う通り呪いを一時的に剥がせたようだ。
それならば。
「剣士たち!今よ、邪竜に斬りかかって!」
ダークエルフの後ろで今か今かと待機していた剣士たちに号令をかける。
彼らは各々の剣を掲げて奮起し――ドゥマルムへ意気揚々と飛びかかっていった。
数十の銀閃が飛び交い、鱗の下の真っ黒な肌があっという間に切り刻まれていく。ざしゅっ、ざしゅっ、と効果音と共に黒の血が飛び散る。
目も覆いたくなるような徹底した集団リンチだった。
剣士たちの動きは滑らかでお互いがお互いを補完するように立ち回っている。一糸の乱れもない連係だった。ドゥマルムが爪牙で薙ぎ払おうとしても、一方が防御、他方が追撃に回る。
魔導士とはまた違った戦い方に私は感心しっぱなしだった。
「はー、たいしたもんね、剣士って……。身一つで立ち向かっていくんだから天晴としかいいようがないわ」
「お褒めにあずかり光栄だ、巫女さん。うちの里の若造どもはすごいだろう」
「あら、ゲンガ!」
いつの間にか、背後には重厚な鎧に身を包んだたくましい体つきの男性がいた。剣の里からこれだけの人数の剣士を手配してくれた商人、ゲンガだ。
彼は背負っていた大剣を引き抜き、低く姿勢を屈めた。
それから噴煙が立つ勢いで草原を蹴り、爆走。
「一つ恩返しをさせてくれ。どの国も相手にしてくれなかった我ら剣の里を救ってくれた、心優しき巫女さんために」
大剣が銀の軌跡を引いてドゥマルムの土手っ腹に叩き込まれる。
剣士たちによって刻み込まれて来た傷が重なり合い――遂に、巨躯が寸断された。
邪竜の最期と呼ぶには呆気ない短い叫び。剣士たちの、あまりに早すぎる凱歌。
剣を天に向けて歌う剣士たちに、私の胸は警鐘を鳴らしていた。
村の伝承にもあった邪竜がこれだけのことでやられるとは到底思えない。
胸騒ぎが最高潮に達した時、ドゥマルムの泣き別れになった胴体から黒い煙が噴き出した。
「え……?」
その呟きは、誰のものだったか。
分かたれていたはずの上半身と下半身は煙によって繋げられ、傷跡を残さずにぴたりと接着した。半開きになっていた口から命の再燃を示すように黒い息が吹き出される。
硬直する私たちを置き去りに、斬断されたことが嘘のように全快したドゥマルムは鱗の失った肌を脱いだ。
するすると、リンゴの皮のように一つながりになった皮が音を立てて地面に滑り落ちていく。
超回復、それから、脱皮。
普通の竜ではありえないことをしてのけたドゥマルムは、瞬間姿をかき消した。
「皆ッ!下がりなさ――」
何もかもが遅かった。
ドゥマルムを囲っていた剣士たちが数名、体から赤の飛沫を上げてひっくり返った。流れるような動きで、他の剣士たちも長い爪の餌食になっていく。
一瞬だった。数秒もなかった。
なのに、草原が血の色で染め上げられた。
一拍遅れて、人々の叫び声が草原中を揺らす。私は口を覆って膝から崩れ落ちた。
こんな、こと。
理解が追い付かない。さっきまで元気に剣を振るっていた人たちが、どうして。
「巫女さん!?早く指示をっ、巫女さんーっ!!」
泣き叫ぶようなツバキの声も、咆哮によってかき消されてしまった。
呪い混じりの咆哮だ。残っていた剣士も、魔導士も、後方で控えていた治癒士も、揃ってなぎ倒される。白目を剥いてひっくり返っていない者はいないありさまだった。
私だけが、意識を保てている。
『ガァ……』
ドゥマルムが遅々とした歩みで近づいてくる。
牙は涎に濡れて黒光りしていた。底の知れない瞳を見て、あぁ、と息を吐く。
「私と貴方は、同類なのね……」
かたや、祈りによって恩恵をもたらし、反面終末を呼び寄せる巫女と。呪いを撒き散らす邪竜。
私の呼ぶ終末というのも、呪いのようなものだ。
私が呪いを受けているんじゃない。私が、呪いを与えているんだ。
神楽鈴を横に置き、邪竜へと両手を差し伸べる。呪いが呪いに食われる末路なら悪くない。
そう、思ってしまった。
牙が間近できらめく。
頭から丸呑みにされる、その寸前で――。
ずっと聞きたかった声を聞いた。
「あぁ……」
その声は、私の名前をはっきりと呼んでいて。
意識を現実に引き戻すには十分なくらいだった。




