終末は水面下で進む
竜宮城の力は驚くほど静かだった。
透明な膜を超え、城下町に降り立った私は激しい息切れを起こして蹲った。
「げほっ、あ、あと少しでご臨終だったわね……!危ないことはするもんじゃないわ……!」
「そか、巫女さんはエラ呼吸を持てるわけじゃないんだ!悪いことした。ごめんね」
「巫女はびっくり人間じゃないのよ……!」
本当に申し訳なさそうに肩を落としたカーフィが背中をさすってくれた。悪気がなかったのがより恐ろしい。
私たちが着地した路地には全く人気がなかった。青緑の家々に飾られた貝殻だけが虚しくカラカラと鳴っている。
ふと、不安げな表情をした女の子と窓越しに目が合った。
その子はすぐに親に引き戻され、カーテンがしゃっと閉じられた。
他の家も同じくだった。明かりが次々に遮られ、辺りが暗くなっていく。
「ねぇカーフィ、この人たちはどうしてこんな……」
「今日は潮の流れが悪い。ワタシたち人魚は水の具合で吉凶を判断する。今は……大凶」
遠くからくぐもった音が聞こえてきた。
それは水を不気味に震わせ、路地を駆け抜けていく。卜占をしなくても分かる。これは不吉な予兆だ。
「おーい姫様!と、ミコじゃないか!久しぶりだな!」
と、そこで道の奥から走ってきたのは、レイピアを腰にぶら下げた灰髪の女性、ビルジーだった。初めて竜宮城に来た際に手を貸してくれたり牢獄にぶち込んできたりした、正義感の塊である城の近衛。
「ビルジー!久しぶりね、元気?」
「元気だが、再会を喜んでいる時間はない。姫様、城の周辺の魔物たちの様子がおかしいです。歌を聞かせたら去っていたが……。もしかしたらこっちにまで来るかもしれません」
ビルジーは引き締まった顔つきでカーフィの前に膝を突く。
「で、姫様?黙って外出しましたよね?どこに行っていたんです?」
「え、えと……」
「カーフィ、言った方がいいんじゃない?」
私とビルジーの眼力に板挟みにされた人魚姫様は冷や汗をだらだらと流し、ぴゃっと身を翻した。
二人がかりでカーフィの肩を掴んで逃亡を阻止する。尾ひれをじたばたさせて暴れる彼女に笑顔で詰め寄った。
「ね、カーフィ」
「は、はい」
「エイデンたちが消えていった場所に案内してくれない?」
カーフィが涙目で案内してくれたのは塔の裏側、高く反り立った岩壁があるところだった。
崖の中ほどに帽子の先っぽに突き出た足場の先には黒々とした穴が広がっていた。
「ここだよ。エイデンたちはここから地下に下りてた」
「ふむ、姫様が幼い頃にここから脱げ出ようとしていたな。あの時は大変だった」
ビルジーが昔に思いを馳せるように瞑目して深く頷く。そんなに長い付き合いだったのか、近衛兵と人魚姫は。
行く手の見えない穴の中へ、意を決して飛び込む。
しかし、すぐに何かにぶつかって弾き返された。塔の向こうにまで吹っ飛びそうになったところを、ビルジーにレイピアで捕まえてもらい事なきを得る。
ビルジーは私の袴に刃先を引っかけながら呆れ口調で言った。
「何をしているんだミコ?」
「違うのよ!弾力のある何かが阻んで……ってまさかこれ、根!?」
カーフィが淡く発光する雫型の鉱石を掲げる。
すると、穴の奥にはびこっている翠色の根が露わになった。侵入者を拒むようにうぞうぞと動いているエイデンの置き土産だ。
「もうっ、厄介なもの残していったわねぇ。そんなに隠したいことでもあるのかしら?ビルジー、お願い」
「あぁ」
言葉少なに頷いたビルジーがレイピアを根に突き立てる。
光の尾を引く猛スピードの突きだった。
なのに、ぷむ、と変な音がした。刃先を優しく受け止めた根は、レイピアを穴の中に引きずり込む。ビルジーもあわや呑まれそうになり――すんでのところで柄を離した。
「ビルジー!大丈夫!?」
「ご心配には及びませんよ姫様。よっぽどの強度だな。これは下手すりゃエルフでも破れないかもしれない。それに」
「どこに続いているかも分からないわよね。行ったところでエイデンと合流できるかも定かじゃない」
エイデンたちの後を追いかけるのは得策ではない。
理屈では納得している。でも、心では。
穴を前にぐっと押し黙っていると、ふとカーフィが不思議そうに溢した。
「そもそもエイデンたちは地下に何しに行ったんだろう……。地下に国作りの手がかりでも眠ってるの?」
「そんなものじゃないわ。もっとおぞましい—―って、あ」
祈祷の時にたまに降りてくる神託にも似た衝撃が体を駆け巡った。
世界現身鏡によれば、死の地の下には古代の魔物が眠っている。
そしてそれらは私が祈ると呼び覚まされる終末でもある。終末は浄化したものの大きさや価値に比例する。
古代の強力な魔物たちは、祈りに引き寄せられてやってくるのだ。
それなら、エイデンを連れ戻したくば。
私は壁面を蹴って上方へと浮かんでいった。水の流れに逆らって、ひたすらに地上を目指す。
しかし、非力なバタ足のせいでなかなか出口が見えてこない。というか止まってないか?
「ミコ、そんな溺れかけの子猫みたいな泳ぎ方じゃだめだ。もっと優雅に足をくねくねさせるんだよ」
「あっ、足をくねくね……?」
「地上まではワタシたちが導くよ!何か、策があるんだよね?」
ビルジーとカーフィは私の両手を取って驚くほどの速さで浮上していく。私の泳ぎが恥ずかしくなるほどのスピードで。
私は二人の荷物と化しながら、二人に頷きを返す。
「ええ、遂にこの時が来たの」
いつかは来ると思って先延ばしにしていた日が、来てしまった。
「死の地の全てを、浄化する」




