世界樹を探して
「エイデンが、いない……?」
それは唐突にもたらされた知らせであった。
神社で巫女舞の道具の手入れをしていた私は布巾を取り落とした。石段に膝を突いた小鬼は何度も頷く。
「はい、どこにもいないんです!どうしましょう、ここ一日屋敷にも帰っていなくて……!」
「なっ、何か書置きはないの!?どこに行くとか、知らせなかったの……!?」
「はい……!」
そういえば、昨日図書館に行った辺りから姿が見えなかった。てっきり畑の様子でも見に行っているのかと思ったけれど……。
私は上着を羽織って玄関から駆け出した。
「小鬼は畑の方をあたって!ダークエルフにも協力を仰いで!」
「今やっています!巫女さんは、どうするんですか!」
「カーフィのところよ!」
彼のいつもの気まぐれだと信じたい。でも、嫌な予感が拭えない。
私は竜宮城を目指して昼下がりの国に繰り出していった。
「カーフィ!カーフィ、いる!?」
鉱山の中に駆け込んだ私は、青緑の鉱石の間を流れる沢に必死に呼びかけた。
水面は暗い光を跳ね返していて底が痴れない。やがて、透明な泡がぽこぽこと浮き上がってきて人魚の少女が姿を現した。
「ん、巫女さん?久しぶり、どうしたの?」
艶やかな長髪を上半身を覆い隠すように肌にへばりついていて、愛らしい顔立ちはどこか静謐さを纏っている。
一年前よりずっと大人っぽさが増したカーフィは、不思議そうに首を傾げていた。
かつてエイデンに求婚した竜宮城のお姫様だ。
私は彼女にずいと顔を近づけて叫ぶ。
「ねぇ、エイデンの行方を知らない!?貴方なら何か知っているんじゃないの!?」
「し、知らない。ワタシは何も」
カーフィは不自然に目を泳がせた。そして再び水に潜ろうとする彼女の両肩を鷲掴みにする。
「知ってるのね!怒らないから話しなさい!」
「痛い痛い巫女さん!言えない、エイデンとの約束!」
「話さないと貴方の口にモスアトマ詰め込むわよ」
「おいっ!また俺はそのためだけに呼ばれたのか!」
ごちゃごちゃと喚くモスアトマをカーフィの目の前にかざす。モスアトマには悪いが、一刻を争う状況なのだ。
カーフィは観念したように、涙目で首を振った。
「話す、話す!だからマリモを口につこむのだけはやめて!」
「よし」
「おいこれ一番俺が傷つくやつなんだが」
若干凹んでいるモスアトマを撫でてから解放し、カーフィを引き上げる。岩場にへたり込んだカーフィは、尾ひれを縮こま背てバツが悪そうに自白した。
「昨晩、エイデンがワタシのところに来た……。最初はワタシの愛を受け入れたのかと思たけど、違うみたいで……。ハグを拒むこともしないでワタシに地下に案内してくれて言た……」
「地下?エイデンは地下にいるのね?」
竜宮城は死の地の地下に直接通じている。昨日禁書を読んだばかりの私には引っかかることがあった。
地下には、エイデンのお母さんが閉じ込められている。
本当か嘘かは分からないけれど、巫女としての直感が私の想像を肯定した。
真剣な眼差しでカーフィのことを覗き込む。
「ねぇカーフィ、正直に答えて。エイデンは誰かを連れていなかった?」
「途中で、小さな女の子と合流してた……。ワタシ、あんな小さな子に負けたんだと思うと悲しくて……うわあああん!」
泣き始めた人魚姫の背中をさすり、私は深い物思いに沈む。
彼女の勘違いを正してあげる気すら湧いてこなかった。
「その子は萌黄色の髪をしていた、そうでしょう」
カーフィは瞳を潤ませながらこくんと頷いた。
やっぱり。エイデンの妹を自称する幼女、イシュカだ。
「となると……エイデンはお母さんの存在に気付いたのかしら……」
イシュカはいくつも意味深な言葉を残していった。
禁書を読んだ今なら、カーフィが口にしていたことのおおよその意味は分かる。
――エイデンのお母さんが抑えていた終末が、目覚めようとしている。
彼女が繰り返し言っていた「終末」の意味はきっと、そういうこと。
私はカーフィの腕を掴んで無理やり立ち上がらせた。
「カーフィ、エイデンのところまで連れていって。緊急事態よ」
「巫女さん、それって……」
「この件はエイデンだけじゃなくて、死の地全体に関わることなの」
沈黙が流れた後、カーフィは目元を乱雑に拭って私の手を引いた。命じられるがままに鼻をつまんで、二人水の中に飛び込んでいく。
「み、巫女さん!?どうしたんだよ!」
「モスアトマ!貴方は小鬼たちのところに行って、こう伝えなさい!死の地の危機だ、戦える者をかき集めて、それ以外の者は稲荷村に退避させなさい、ってね!」
「だから何が起こって――っておーい!巫女さーん!」
モスアトマの叫びを耳にしながら、私は沢の底へ深く深く潜っていく。
息が苦しい。空気の詰まった泡が横に流れていく。
それも、竜宮城に辿り着くまでの辛抱。
ぎゅ、とカーフィが手を握る感触が伝わってくる。
エイデン、と心の中で呟いた。
幾度となく呼んできたその名前は、淀んだ水にさらわれていった。




