死の地とともに 後編
死の地と取引をしたいと言う国は、実に千にものぼった。
「うーん、これはとてもじゃないけど私たちだけじゃ調べ切れないわね……」
「というかほとんど知らん国じゃ。わしらと同じようにあちこちで新興国が成りあがってるようじゃし」
販路を開拓したい、とは思うものの目の前に広がる道が多すぎてどっちに行けばいいのか迷っている。
簡単に言えばそんな状況。
帳簿の上で視線をうろうろさせているツバキは瞳を輝かせていた。
「雨女の森とかドラゴン使いの王国とか……あ、エルフの里もあるんよ」
「エルフ!?しゃー!絶対お断り!」
エルフに散々見下されていた身であるルティナが牙を剥いていた。かなり私情が入っているようだけれど、私もエルフとは取引をしたくない。
対等な商売だったはずなのにいつの間にか貢がされるようになった国をたくさん見てきたからだ。
「他国のこと……あぁ、剣の里から輸入した書物に載っているかもしれんな。図書館に行って調べてみるのはどうじゃ?」
「げぇ、この量を!?一日じゃとても無理よ!」
「うちらも手伝うんよ?」
エイデンたちにさぁさぁと勧められる。
図書館で働いている小鬼の顔を見たいという思いもあったので、結局出かけることにした。
図書館は死の地の東にある。浄化した土地にエイデンが大木を生やし、森にしたところだ。
七色の葉を枝につける樹々がひしめき合っていて、そんな鬱蒼とした中に豆腐型の建物はあった。
外壁はミルク色で、ちょこんと被さった屋根はピンク色。
青海波の紋様がたくさんほどこされた、和と洋が混じったような見た目。
小鬼きっての要望で狐たちによって建てられたものだ。
扉の前ではたくさんのダークエルフたちがたむろしていた。自分たちが手に持った本をお互いに見せ合い、笑みを交わし合っていた。
「ダークエルフは読み書きはできても、本を読む文化はなかった……。だから皆、嬉しくてしょうがないんだろう」
感慨にふけるような面持ちのルティナがぽつりと呟く。
図書館にある書物はダークエルフの言語に訳したものと元々の共通語で書かれたものが半々くらいある。
ルティナが主導して翻訳をした本たち。
彼女の胸中を察して、私はルティナの肩をぽんぽんと叩いた。
図書館の中に入ると、天高くそびえ立つたくさんの本棚が迎えてくれた。
「あ……」
天井のステンドグラスから差す陽光が、本を淡く照らし出している。棚に架けられた長い木の梯子もつやつやと光を跳ね返し、細々した影を落としている。
全体的に散らかった印象があるのに、長く住んだ家のような感じもする。
ここに住みたい、と思わせるような。
「あれ?小鬼はどこにいるのかしら?」
「あれじゃ、あれ」
エイデンが指差したのは、梯子から梯子に飛びつく小柄な人影。
あの機敏な動きには見覚えがある。さっきからちょくちょく視界に映っていたけれど、もしかして。
「小鬼!」
「あ、巫女さん!エイデンさんたちも!」
小鬼は片手に本を抱えたまま梯子から滑り降りてきた。地上で待っていたダークエルフたちに本を預けた後、しゅばっと駆け寄ってきた。
「お望みの本はありますか?なんでもとってきますよ!」
「大活躍ね。どうしてあんなに速く動けるの?」
「ふっふっふ、それがですね。『窃盗』の技能を使っているんです!」
なるほど、窃盗で本棚から書物を「盗む」ことであんなに手際よく回収しているのか。
小鬼はこの曲芸じみた動きでダークエルフたちに人気なようだった。
「いやーてんてこ舞いです!毎日楽しいですけど!やっぱ図書館はあって然るべきですよ!」
「小鬼の種族は読書が好きなのよね。よかったよかった」
小鬼は小柄な体を跳ねさせて全身で喜びを表す。
一年経って、小鬼もツバキたち同様背が伸びた……と本人は主張をしている。
見たところはあまり変わらない。
「貴方何歳になったの?」
「十三歳です!」
「うーん、働かせていいのかしら」
小鬼は狐たちの手を借りながら本の貸し出しを行っている。
ちなみに紙をまとめるイトハ魔力を含んだもので織られているので借りパクはすぐにバレるらしい。
盗んだ者はフォルたちが地獄の果てまで追いかけるとか。
私は小鬼に事の経緯を説明した。
「……てなことで、他国のことが書かれている本がほしいのよ」
「なるほど。なら『世界現身鏡』がいいかもしれませんね。ちなみに4000ページで全19巻です」
颯爽と身を翻した小鬼が取ってきたのは、さいころみたいな見た目の本だった。手に持ってみるとずっしりと重い。
空笑いしか出なかった。
「これを全部……あはははぁ……楽しいなぁ……」
「巫女さんが壊れた!」
神社の巻物を読むのがちょっぴり苦手だった私は点を振り仰ぐ。
必死の懇願の末、私の配分は二巻分となった。
帳簿を写し取ったものと見比べながら、さいころ型の地理書を引いていく。
私が担当するのは第18巻と19巻。本棚の奥、たくさんの植物の鉢に囲まれた机で。
国の特徴を読み取っては紙に殴り書く。
そんなことをしばらくやっていたら目がしょぼしょぼしてきた。
開け放たれた窓から吹いた風でぺらり、とページが捲れる。目に飛び込んできたものを見て目をひん剥いた。
そこには。
「『死の地』……?」




