人々を終末から守る神社
小鬼が倭村から持って帰ってきたのは、卵型の小さな宝石だった。
どうやら竜がドロップしたもののようだった。
「何かしらこれ?竜のドロップアイテムなんて、心当たりある?」
「うーむ、分からんのぅ。あの竜は素材を落とす種類のものではなかったはずじゃ。呪いでおかしくなってしまったのかの?」
「ドロップアイテムならミタマさんが詳しいんよ!元戦士だったから!」
「一体どんな経歴辿ってるんですかあの尼さん」
小鬼のツッコミも最もだ。虹色の光を照り返す宝石を胸に抱いた私は、とりあえず、と話をまとめた。
「ちょっとミタマさんに聞いてくるわ。皆は夕飯の支度してて」
「一人で大丈夫か、巫女さん?童が護衛に着こうか」
「心配性ね、稲荷村くらい一人で行けるわ」
この時間、ミタマさんは稲荷村の寝殿屋敷にいるはず。ツバキに渡された笠を頭に被り、門の外へ出ていく。
が、そこで頭上から声が降ってきた。
「巫女さん、その石の正体を知りたいの?」
あどけなくて、それでいて妙に大人びている声。
萌黄色の巻き毛を腰まで垂らした幼女が、門の上に乗っかっていた。にこにこと笑みを絶やさず、足をぶらつかせながら。
「イシュカ…久しぶりね」
「覚えてくれてたようで何よりだよ。お兄ちゃんがダークエルフに襲撃された時以来だね、巫女さん」
自称エイデンの妹であるイシュカは、毒を盛られて命の危機にあったエイデンを助けてくれた存在。
イシュカについてそれ以上のことを、私は知らない。
「貴方はどこから来たの?何者なの?そろそろ教えてくれてもいいんじゃない?」
「だから、イシュカはイシュカだって。それより耳寄りな情報を教えてあげるよ?巫女さんの持ってるの、霊分石って言うんだよ」
霊分石。響きからして霊石に似ている。そんな私の思考を見透かすようにイシュカは深く頷いた。
「そう、霊石がカットされたものだよ。霊石に埋め込めばさらに効果を高めることができる」
「土地からもっと魔力を吸い上げられるようになる、ってわけね」
霊石は大地から魔力を汲み上げるポンプのようなもの。霊分石とはポンプの追加容量、ということか。
「ふふ、魔力をたくさん使えるようになれば、神社のコストだって気にしなくてすむんじゃない?」
「確かにそうだわ!じゃあこれは渡りに船……って、貴方なんで神社のこと知ってるのよ」
「イシュカはなんでもお見通しだよ」
彼女は長髪を風になびかせて、門の上から飛び降りる。そして、足元から根を伸ばして上空へと浮上していった。
「また会おうね、巫女さん。終末はもう近いよ?力を存分に蓄えておくことだね」
いつものように意味深な言葉を残して去っていく。
私は眼差しを引き締め直し、霊石がある屋敷の裏手へと急いだ。
小高い丘の天辺では、腕組みをしている二つの影が向かい合っていた。
「…どうするフキ?耐久性を考えれば、やっぱり柱はもっと必要だぞ」
「うん、でも魔力のコストを上回っちゃうね……。一回試してみたら?」
「馬鹿言え、試行錯誤してたらあっという間に尽きちまうぞ」
図案を前に眉根を寄せている狐の大工、ウメとフキがいた。その周りには鳥居だけがぽつんと立っている。
数日前に訪れた時から、何も進んでいないようだった。
彼らを悩ませている原因である私は身を縮こませて、二人に近寄る。
「ウメ、フキ。こんな遅くにまでありがとう。真剣に考えてくれてるのね」
「巫女さん。いや、だがなぁ、あっしらが思うようにやったらコストが……」
「コスト、増やしたわよ」
「え?」
ぽかんとするウメとフキに、私は胸を張って堂々と言った。
「正確には増やせたの。騙されたと思って一回建ててみなさい」
「で、でもなぁ……」
「いいからいいから」
渋るウメの背中をぐいぐいと押す。彼女はやがて、宝玉を手に取って立ち上がった。
「巫女さんは冗談言う人柄に見ねぇし……あー分かった!このまま悩んでても腐っちまう!フキ、行くぞ!」
「畏まり、ウメ……」
やる気を漲らせる二人は、ぽっかり空いた空間に手をかざす。それから、歌うように唱え始めた。
「浮世の華形、常しえの遊び、波乱万丈の見せ芝居。鉋に宿るはヒコサシリノミコト」
地面から一斉に魔力の粒が立ち昇る。それらは夕陽にきらきらと映えて、まるで雨粒が跳ね返っているかのようだった。
「あはれあはれ、世は無常。――『創造魔法』」
ばっ、と。
瞬きの内に、何もないところから柱が生えてきた。それらは梁で結ばれ、天高く伸び、奥の樹と同じ背丈になったところで止まる。
柱の上には反り屋根があしらわれた。神代杉でできた屋根だ。頭頂部には赤紫や青緑の珠が一列に並べられている。
正面に拝殿が一つ、その背からはみ出すように大きな本殿がそびえ立っている。
丘を目一杯使っているのでとても広く、本殿には数百人が入れそうだった。
「これが……死の地の、」
神社、と言いかけて言葉を詰まらせた。
これがあったら、絶対にこの地は終末に負けない。そう確信できる、荘厳とした佇まい。
気付けば頬から一滴、涙が伝っていた。
ウメがぎょっとして肩を揺さぶってくる。
「み、巫女さん!?まだ外観だけだ、涙は後にとっておけ!」
「違うのよ、なんだかね……」
私は目元を袖で拭って、しみじみと呟く。
「これから先、ずっと残っていくんだな、この神社、って……」
何十年も、何百年も、千年だって。
きっと神社はこの地を見守っていてくれる。終末を防いでくれる。
万感に駆られて、終末巫女は涙を流し続けた。




