故郷と帰るべき場所
「『狐火』」
終末に向けて猛火が唸りを上げる。私は狐の尾を勢いよく振りかぶった。
炎から枝分かれした火の粉が竜の体を舐める。鱗が削げて所々素肌が覗いた竜はぎえっと甲高く叫んだ。
攻撃が確かに通った手応え。じんじん手が疼く。
「まだまだおかわりもあるわよ!『狐火』!」
尻尾から長く伸びた炎の刀身を振るって振るって、切り結ぶ。
草花が焦げて幾本もの道が刻まれる。竜は荒波に打ち付けられたように体をのけぞらせる。
口から吐き出された黒いものが地面に落ち、決して消えない呪いの染みを作った。
「あーっ、汚すんじゃないわよ!折角浄化したのにっ、きれいな倭村が!」
「どっちもどっちじゃと思うんじゃが……。なぁ巫女よ、そんなばかすか撃っとったら焼け野原になるぞ」
「大丈夫よ樹は避けて撃ってるから」
避けて撃つのも大変なんよ巫女さん、と手元から聞こえる声は牛して火の剣を打ち込み続ける。
やっぱり私は巫女じゃなくて戦士の方が向いているかもしれない。
と、そこで竜が翼を広げて炎を薙ぎ払った。
続けて真っ黒な斬撃が飛んでくる。身を屈めよう、として帯がつっかかった。
巫女装束が恨めしい!もたついている内にすでに斬撃は目の前に。
黒色に呑まれる瞬間、視界の端で緑が翻った。
「『根の足』」
乾いた音を鳴らして根が斬撃を弾く。
呪いに蝕まれて黒ずんだ箇所を切り落とし、エイデンは地面から生えた根をうねらせた。
「防御は上手くないんじゃな。猪突猛進が巫女の性に合っとるのか」
「うるさいわねー、この服じゃなかったらもっと動けてるわよ」
お礼を言うタイミングを逃してしまいバツが悪くなってそっぽを向く。エイデンは勝ち気に笑って腕まくりをした。
「バトンタッチじゃ!仕上げはわしに任せい、新技があるんじゃ」
「新技?」
「ダークエルフの子らがやってるのを見てのぅ」
腰を低く弓なりにして両手を地面に着いた姿勢。四股を踏むのを見て、状況も忘れてあぁと歓喜の声を洩らした。
「相撲ね!」
「そうじゃ、スモウじゃ。倭村の文化の一つじゃろ?」
私はしきりに頷く。土俵から出たら負け、というだけのシンプルなルールの遊び。身一つで相手にぶつかりにいく姿は勇ましく、胸の奥が奮い立つ。
そんな体験を、もう一度倭村で味わえるなんて。
軍配代わりに炎の剣を掲げ、そして竜めがけて叩きつけた。炎が地べたの表面を走り抜けて竜に届く。
「はっけよい。のこった!」
エイデンの足元から根が湧き上がる。吹き荒ぶ黒い旋風へ臆さず突っ込んでいった。
「まずはつっぱりじゃ!」
根は掌の形に膨らんで巨体を打つ。ぱんぱんぱん、と衝撃波が連鎖する。相手は反撃に繰り出すことができず押し出されるばかり。
呪いに浸蝕された根はすぐに切り落とされてまた新しいものに生まれ変わる。
世界樹お手製のつっぱりは全く勢いを落とさない。
「ほらほら寄りきりじゃぞ!わしの独壇場でいいのか!?」
『ガっ、アアアアア!!!』
竜は壮絶な雄叫びを上げて後ろ脚で立ち上がり、エイデンに覆い被さる。エイデンは腕に蔓を巻き付けて応じた。
「『蔓の腕』……取っ組み合う気になって何よりじゃぞ」
前脚と腕で押し合う両者。なかなか均衡は崩れず、視線の間で火花が散るばかり。
膠着が解けたのは次の瞬間だった。竜の口の中で光の粒が渦を巻く。予兆に気付いた私ははっと。
「ブレスよ!早く離れてっ、エイデン!」
叫びは届いたのかどうか、エイデンはブレスの塊と向かい合ったまま口角を吊り上げた。
端的な言葉が解き放たれる。
「『華の息』」
ぱっ、と鋭くとんがった牙に花が咲いた。あっという間に蕾が広がって大量の花が一斉に開花する。
花弁で物理的に蓋をされた竜は己の末路を悟って瞠目する。
逃げ場を失ったブレスが口の中で暴発した。
派手に爆ぜたところへエイデンは止めとばかりにひと押し。
「決まり手、じゃな!」
無数の根に呑まれ、首元を締め上げられた竜は動きを止める。そして光の粒子になって崩れ落ちた。
光粒は風に流されて沢へ飛んでいき、水面を彩る。とめどなく流れる水の様子をじっと見つめ、私は膝から崩れ落ちた。
「倒した、のね」
「ああ、大金星じゃ!よく頑張ったのぅ、巫女。いや紗綾と呼んだ方がいいか?」
「巫女って呼んで。あと蔓で頭撫でないでくれる?」
目元を袖でこすってから、蔓を払いのける。エイデンは何がおかしいのかけらけら笑っていた。
終末は消えた。呪いも消えた。目の前に広がっているのは懐かしい故郷の風景。
全てを清算できたわけではないけれど、一区切りはつけられた。気分が晴れやかで、体がとても軽い。
私は草花の上に降り積もった花弁を拾って、額につけた。
――終わったよ、皆。
今はどこにいるかも分からない、幼い頃の友だちが頬を綻ばせた、そんな光景を見た。
巫女としてやれること、やらなければいけないことはたくさんある。
一息に立ち上がって、仲間たちに向けて笑顔を咲かせた。
「皆、ありがとう」
「うむ」
「巫女ざーん……うちっ、巫女ざんが稲荷村を救ってくれたこと覚えてるんよ……。巫女ざんの故郷があって、本当に良かった…ずびっ」
「大号泣じゃないですか。ハンカチいります?」
「童たちが手助けするのは当たり前だ。いちいちお礼は言わなくていい」
各々の返事を返してくれるエイデン、ツバキ、小鬼、ルティナにますます笑みを深める。
そうだ、今の仲間はこういう人たちだった。
「ならっ、死の地に帰りましょう!特産物を完成させたり剣の里と取引したり神社を作ったり……たくさん仕事が待ってるわよ!」
私が住む家は死の地にある。
もう訪れることはない故郷に手を合わせて祈りを捧げた後、私は夕暮れの帰路についた。




