思い出の浄化
「お願い、皆力を貸してね」
岩の上に膝を突き、天に向かって手を組み合わせる私は仲間たちの方へ振り向いた。
すぐ後ろで各々の武器を構えるエイデンたちは微笑みを返す。
「うむ、存分に祈れ」
優し気な響きの言葉に背中を押されて、瞼を下ろす。祈りの歌を口ずさみ始める。
「堰き止められし沢、夢の見ない狐、輝き失いし大社、花のない簪」
この歌を紡ぐたびに幼い頃の記憶が蘇ってくる。村の外に夢を馳せることすら許されず、皆の巫女であり続けた昔の自分が。
願いは村の大人たちに強引に塗り替えられた。希望を抱くこともなかった。ただ祈り続ける日々だった。
度々訪れる終末が、自分が呼んだものなのだと自覚させられていく毎日だった。
「そして力は満ち巡る」
なら、そんなか弱い巫女とは決別だ。
私はもう誰の言いなりにもならない。傷つく覚悟を背負って、それでも終末を呼んでやる。
他の何者でもない、自分自身の意思で。
「――『浄化』」
さあっ、と。
岩から大地から沢から、あらゆる黒色が抜け落ちた。光の粒子でできた鳥が舞い上がり、辺り一面が純白に包まれる。
くすんでいた木の葉が鮮やかな色を取り戻し、鳥たちが嬉しそうな鳴き声を上げる。
あの時と寸分たがわないふるさとが、目の前に広がっていた。
「あぁ」
短く呻いて、頭上の枝から瑞々しい桃をもぎ取る。割れ目から蜜が滴っているそれは、とても甘くて、懐かしかった。
――巫女、巫女さま。そっちに行っちゃだめだよ、こっちで遊ぼうよ
顔も思い出せない近所の女の子の声が、ふと脳裏をよぎる。村から脱出しようとしていた私を、引き止めてくれた子。喉を潤す果実を噛みしめて、私は目元から涙の雫を伝わせた。
「巫女は、ここにいるよ」
この地面を確かに踏んだ子たちに向けて、一言一言紡ぐ。
「終末巫女は、ここにいる」
グルアアアア、と凶暴な雄叫びが耳奥で反響する。
それは幻聴なんかじゃなかった。
樹々の間から赤く爛々と輝く眼光がちらつく。
瞬間、大きな黒い影が覆いかぶさってきた。
「え――」
避ける暇もなかった。鋭く視界を掠める爪牙は真っ直ぐに私の胸に突き立てられて――
「『根の足』ッ!」
目と鼻の先で、影はぴたりと静止した。足元から伸びた根に四肢を絡め取られて荒い鼻息を吹き出している。
どこまでも黒々とした鱗を持つ竜。竜の中では小柄な方なのだろうか、血走った形相でこちらを睨み付けてくる。どこかで見覚えがあるような…。
腰を抜かしているとエイデンが手を差し伸べてくれた。
「ケガはしとらんか巫女!」
「だ、大丈夫よ。びっくりしちゃって……あの竜、呪われてるわよね?」
「そうみたいじゃ、嚙まれんよう気を付けろ!」
竜の口からは黒い涎が溢れ出ている。涎は浄化したばかりの大地に垂れて、これまた黒い焼け跡を作る。
折角浄化した故郷を汚して。
「ツバキ、いつものやるわよ!いつもの!」
「わわっ、噛まれたらヒサンなことになるんよね!?いくらなんでもそれは――」
「幻だからモーマンタイ、でしょ!はい『狐火』!」
「わぁああ幻にも実体はあるんよーっ!」
なんだかんだ言いながらも炎に化けてくれたツバキ。はみ出た狐の尻尾を柄代わりに握りしめる。
私が構えを作る横で、ルティナも槍を持って低く屈んでいた。
「童が鱗を削ぐ!突進なら誰にも負けない自信があるんだ。一瞬で掠めれば呪われる心配もない」
「ぼくは小鬼の視力を使ってサポートしますよ!というかそれしかできませんので!」
小鬼も小さな体躯で飛び跳ねてアピールをする。私は二人に頷き、竜を根っこで締め上げている最中のエイデンに呼びかけた。
「エイデン!道を空けて!」
「おうおう何をする気じゃ!?」
体と根を逸らしてくれたおかげで、一本の道筋ができる。ルティナは機を逃すまいと超高速で詠唱し始めた。
「杯、冠、寿ぐ詩歌。暗き安泰を、陽光差さぬ岩窟に。――『刺突魔法』」
弓矢のごとく、残像さえも置き去りに宙へと繰り出す。
瞬きの間に距離を詰めたルティナは、槍の穂先を竜に突き刺した。衝撃波が生まれて一陣の風が吹き抜ける。
突進を胸で受け止めた竜は黒い煙を噴き出す。
『ガアアアアアアアッ!』
怒りの咆哮。
翼が振るわれ、爪が空を裂き、牙が突き立てられる。全身を使って暴れ狂うドラゴンはしかし、ルティナのことを捉えられない。
何故なら彼女は止まることなく突進を繰り返しているから。
「『刺突魔法』・五連撃」
ぱ、ぱ、ぱぱぱっと。
上から下から横からジグザグの軌道を描いて竜を掠める。鱗の欠片が飛び散り、黒の煙が蹴散らされていく。
「そちらのような魔物は洞窟で何度も相まみえてきた…。自身の力量だけに頼るとは、愚か」
ひときわ激しい斬撃を受けて、小柄な四足歩行の体が傾く。
ルティナはすぐに離脱して舞い戻ってきた。地べたに手をついて苦しそうな息切れを起こしている。
「鱗は、削いだ……。後は、巫女さん」
「よくやったわねルティナ!ええ、任せて!」
私はエイデンに目配せをして頷き合う。
樹と火。真逆の武器を持つ者同士、肩を並べて宣言する。
「今度は、呪いなんかに負けないわよ!」




