過去をなぞって 後編
「あの年は類に見ない凶作で、倭村の大人たちは巫女の加護を得ようと躍起になっていた」
瓦礫に埋もれた村を歩きながら、麻婆さんはそう切り出した。杖をつく音がかこん、かこんと言葉の合間に響く。最後におばあさんに会ったのは六年前。
そりゃ年老いてしまうはずだ。
「一応聞くけどね、世界樹たち、巫女の祈りが特別だってことは知っておるかい?」
「もちろんじゃ。終末を呼ぶ、と本人は言っておるんじゃが本当かのぅ?」
「そうかい、紗綾から明かしたんだね」
優し気な視線を投げかけてきたおばあさんにこくりと頷く。実は、終末を呼ぶという特性に最初に気付いたのは彼女なのだ。
「大きすぎる力は大きな災いを招く……。前任の巫女として、村の大人にはよく言い含めていたはずなんだけどねぇ……。紗綾、あれはお前さんのせいじゃないよ。非があるとすればお前さんを操っていた輩どもさ」
「でも……私が拒んでいれば…」
俯いていたその時、崩壊した建物の陰から竜が姿を現した。
ささくれだった灰色の鱗を持つ小さな竜だ。くりくりした眼でこちらをねめつけてくる。
誰もが立ち竦む中、走り出したのはエイデン。
「『蔓の腕』――」
「心配には及ばないよ」
が、エイデンは杖で足を引っかけられて転倒した。顔面から瓦礫に突っ込むエイデンを他所に、おばあさんは竜へと歩み寄っていく。
それから、懐から干し肉のようなものを取り出して竜へ投げた。
「ほらお行き、ポチ」
「ポチ!?」
ポチと呼ばれた竜は嬉しそうに肉を受け取って去っていく。私は色んな意味で開いた口が塞がらなかった。
「魔物を餌付けしちゃって大丈夫なの!?あと麻婆さん竜毛嫌いしてなかった!?」
「そうだがね、あの子も被害者なんだよ。ここら辺の沢や大地が呪いで汚染されてしまって……十分に食べれないんだ」
そこではっとする。村に来る前、芯まで呪いに浸蝕されていた桃の木と、黒い粉の浮いた沢を見た。
そうか、あの分じゃ周りに住む生き物にも影響を与えてしまう。
「村を滅ぼした邪竜の呪いが……残っているのね?」
重苦しい沈黙が流れる。しばらく歩いたところで、村の最奥に辿り着いた。平屋を抜けた先、木々に囲まれて小さな空間がある。
上から半分が崩れ落ちた朱の鳥居を認めて、あぁと息を吐く。鳥居には黒い傷跡が刻まれていた。
「この傷……まだ瘴気があるみたいなんよ。よっぽど強い竜だったんね」
「あっツバキさんが立ってるの竜の足跡の上ですよ。気を付けてください」
「ぴえっ!?」
「トロールより大きくないか?足跡を見るに」
神社に残された痕跡を見て思い思いの感想を口にするツバキ、小鬼、ルティナの三人。
私は目を閉じてあの日の光景を呼び覚ます。
事件が起こったのは宵の口。本殿で豊作祈願をしていた私が異変に気付いたのは、もう邪竜が村で暴れ狂っていた頃だった。
人々の悲鳴が聞こえる中、護衛に導かれるまま村の外に出て、独りで必死に逃げて—―。
遠くから見た邪竜を木の背を越すほどに巨大だった。
鳥居を撫でながら、おそるおそる尋ねる。
「ねぇ、村の皆はどうなったの?麻婆さん以外の人たちは……」
「……亡くなってしまった人もいるけどね、大半は無事だよ。皆命からがら逃げて、どこかで平和に暮らしているさ」
その言葉にほっと胸を撫で下ろす。
同時に、亡くなってしまった人たちの冥福を祈った。墓石はないけれど、地面に膝を突き、指を組み合わせて。エイデンたちもそれに倣った。
麻婆さんも村の方を向いて穏やかに目を細める。それはまるで、瞼の裏にしまった在りし日の倭村と重ねているようだった。
そよ風が吹き抜ける。私は大きく風を吸い込み、背筋をしゃんと伸ばした。
「ありがとう、おばあさん。教えてくれて」
「紗綾が訪ねてくるとは驚いたよ。もうとっくに、忘れているかと」
「忘れてなんかいないわ。だって、私は今仲間たちと倭村を蘇らせようとしているんだから」
おばあさんは垂れ下がっていた目をはっきりと見開いた。それから、崩れかけた本殿へとくぐもった笑い声を上げながら踏み入っていく。
「嬉しいよ。邪竜に襲われた悪夢から、皆倭村を省みようとはしなかった。でも巫女は真っ向から受け止めて、その上で蘇らせようってわけだね」
本殿は見る影もなかった。倒れた柱を押し退けておばあさんは前へと進んでいく。そして棚があった辺りで立ち止まった。瓦礫を慎重にどかすと、出てきたのは頑丈そうな桐箱。
「この中には倭村の書物が入っている。持っていきな。きっと役に立つはずさ」
私は瞳を潤ませながら桐箱を受け取った。収まっている巻紙を見て、破顔する。
「おばあさんにも私たちの国に来てほしいわ」
「いつか、ね。あたしゃこの地でくたばると決めてんのさ」
固く手を握り合う。まめだらけの分厚い手だけは、変わらなかった。
「もう帰るん?巫女さん」
「ええ。目的は達成できたし、村の話も聞けたし。早く死の地に帰らないと」
倭村を去って小道を下っていく。沢を飛び越えようとしたところで、ずっと思案に暮れていた様子のエイデンが口を開いた。
「巫女はこれで……いいのかの?」
「これで、って?」
「竜の呪いが残ってるんじゃろ。浄化しなくとも、よいのか?」
何も言えずにいると、エイデンはさらに言葉を重ねた。
「今度こそ終末に打ち勝つってのはどうじゃ?」




