過去をなぞって 前編
倭村があった場所は大陸の南西。死の地からは馬車で一日ほどの距離にある。
さほど離れていないのが幸いして、二日目の昼には跡地に着くことができた。
「こんなところに来るとはお客さんも物好きですね。あたしが案内できるのはここまでです」
「えぇ、ありがとう」
竜に滅ぼされたことから生まれる不吉な噂のせいで、現地の人もあまり近寄りたがらない中、この御者だけは引き受けてくれた。
少し色を付けて代金を渡すと御者はローブの下の馬の尻尾をぶんぶん振って去っていった。馬人だから馬を操りやすいのだと言う。
沢の手前で降ろされた私は辺りを見回した。この香り……懐かしい。
「覚えておるのか巫女よ?」
「ここは近所の子たちとよく遊んだ場所だもの。ほらこの蜜桃とか隣のおじいさんのものをよく盗んで食べてたわ」
「かなりやんちゃしてたんじゃな……」
真っ白な枝になっている小振りの桃をもぎ取って、かじる。
途端にあの頃味わっていた、煮詰めた飴にシロップをかけたような味が広が――らなかった。
強烈なえぐみにむせかえる。
「げほっ、ごほっ、なにこれ感傷に浸れない苦さよ!?」
「巫女さん、なんでもかんでも口に入れんのはあかんよ……。お茶いる?」
「拾い食いはよくないですよー」
「そんな、人を犬みたいに言わないでくれる!?おかしいわ、確かに蜜桃のはずなのに……って」
食べかけの桃の断面を見て固まった。つやつやとした果肉に挟まれて、どす黒い種があったのだ。
丸呑みしたものを一発で死に追いやる呪いが、静かに収まっていた。背筋がぞっと粟立つ。
桃の樹の肌に手を当てていたエイデンも険しい顔つきに変わる。
「この樹……中が腐っておるぞ。生きている気配がしとらん。ただ無理やり呪いに生かされておるような……」
「巫女さん、沢を見てきてが駄目だ。黒い粉が混じっている」
樹の内部が侵食されているということは、地面と水が汚染されているということ。沢に流れている黒い粉は呪いが細かくなったものだろう。
竜が村を滅ぼして数年が経った。その爪あとは数年ごときじゃ消えないということなんだろう。
私は沈んだ表情を吹き飛ばすように首を振り、しゃきっと背筋を伸ばした。
「とにかく、中に入らないと」
沢を飛び越えて、草むらをかき分けて進んでいく。絡まり合ったツタのアーチを抜けた先に村はあった。いや、正確には村の残骸が。
おびただしい数の瓦礫が層になって積み重なり、村の名前を記した柱だけが虚しく立っている。平屋の柱が墓標のようにぽつぽつと佇んでいた。
記憶の中にしかなかった風景が、色鮮やかなものになってあの日のことを思い出させてくれる。
あの日は豊作を願う祭りで村は四六時中にぎわっていた。なのに――。
ずきり、とうずく胸を押さえる私の前にエイデンが歩み出てきた。
「文献はわしらが探しておく。巫女は休んでおるがよい。長旅の疲れもあるじゃろう」
「ううん、大丈夫よ気を遣わなくても。私だって受け止める義務があるんだから」
私が呼び寄せてしまったのも同然の終末のせいで、一夜にして滅んでしまった村。
祈りと終末の関係は明らかではないし、自ら望んで祈ったわけではないけれど、責は私にもあると思った。
石碑の前で手を合わせ、瓦礫の海へ踏み入る。
小高い丘を越えたところで、目の良い小鬼がある人影を見つけた。
「あれっ、あの人はなんです?」
首が前に突き出た、海老腰のおばあさん。その姿を認めるなり、私は一目散に駆け出した。
「麻婆さん!」
その人は幼い私を何かと気にかけてくれていた、育ての親ともいえるおばあさんだった。
「おや、大きくなったねぇ、こんなになって」
「麻婆さんは……変わらないわね。無事で、本当によかった……」
「はっはっはっ、あたしがあれしきのことでくたばるかい。お前さんこそ無事でよかったよ」
おばあさんの首に両腕を回し、涙を流して縋りつく。年齢不詳なおばあさんは相変わらずの強い力で抱きしめてくれる。このあばら骨が悲鳴を上げる感じ…間違いない、本人だ。
「えーと、お主が巫女を育てていたという?」
「そうさね、紗綾の前の巫女を務めていた麻だよ。お前さんは世界樹だね」
「おお、一目で見破るとは目が肥えてるのぅ婆さんや。……ん?紗綾?」
「私のことよ」
巫女の位を授けられるまでは紗綾という名前で呼ばれていた。そう伝えると、仲間たちは一応に目をひん剥いた。
「さ、紗綾って名前やったん!?初耳なんやけど!?」
「巫女さんて巫女って名前なのかと思ってました!ちゃんと他に名前があったんですね!」
「意外…!とても可愛らしい名前だ」
「貴方たち好き勝手言うわねー、今まで疑問に思わなかったの?」
竜宮城で歪んだ時の進みも合わせれば、このメンバーと二年と一か月以上過ごしていることになるのだ。
新婚夫婦の新婚が剥がれるくらいの年月一緒にいるのに。
おばあさんは目を細めて笑う。
「ほっほっほっ、愉快な仲間ができたようでよかったねぇ紗綾や。思い詰めているんじゃないかと心配しとったよ」
「……ねぇおばあさん、村の皆はどうなったの?あの時の話を……聞かせてくれない?」
向き合うべきだ、と頭の中にいる幼い自分が言った。
逃げてばっかじゃいられない。過去を受け止めて、進まなきゃ。
長い沈黙の後、おばあさんは深く息を吐いた。
「お前さんには酷かもしれんが、分かった。話そう」
やがて、ゆったりとした声音で村が滅んだ日のことが語られ始めた。




