技能と呪いは一蓮托生
「巫女、早く収穫!」
「ちょっ、成長スピードが尋常じゃない!これ本当に麦ー!?」
斧を構える私は思わず叫び散らかす。目の前には青空に吸い込まれそうな高さの麦がある。畑に水をひいてすぐに、エイデンが自らの体から出し、植えたもの。それに世界樹の養分を注ぎ込んだら、一瞬で背丈を伸ばし成熟した。いや、成熟しすぎた。
「こんなに大きいのどうすんのよ!私もうちょっと呑気な旗仕事を想像してたのに!」
「うむ、さすが神代麦……。見くびっておった、これは一束一万ティアはくだらないかのう」
「いえ、五万くらいはいくかもしれません。治癒士あたりにはふっかけられ……ごほん、高値で買い取ってくれるはずです」
「金銭感覚がバグる……」
傍らでは、小鬼が小柄な体躯にも関わらず軽々と麦を切り倒している。その隣には麦の山が。これが地の力だというから泣けてくる。
「ああ、地の力じゃありませんよ。小鬼特有の技能です」
「技能……?小鬼が持っているのは『窃盗』くらいのものじゃ……」
「それですよ」
「へ?」
『窃盗』でどうやって岩同然の硬さの麦を切り倒せるのか。そう私が訝し気に視線を投げかけると、
「ぼくは生まれつき能力が高くてですね。人や魔物以外なら何でも盗むことができます。それこそ、畑に生えている麦だって」
「すごいわね。そんなに技能に長けているなんて……」
「でもぼくは、この技能が嫌いなんです」
小鬼は神代麦の一束を掬い上げ、口に運んだ。そして、少女のような顔に微笑を纏う。
「ぼくは、真面目に働きたかった。だから、この『死の地』で思う存分働けて満足です」
「おい、真面目に働く奴は仕事の最中に盗み食いなどせんぞ」
「ああ、こうやってエイデンさんをからかうのも働き甲斐のひとつですね」
小鬼と世界樹が繰り広げるケンカを尻目に、私はふと思い返す。社に伝わる伝承の一節を。
—―神様は、それぞれの種族に『技能』をお与えになった。その中で人を害するものが、『呪い』となった。
ただの、荒唐無稽な伝承だ。
それでも、この枯れ果てた「死の地」を眺めていると、真実味を帯びて聞こえる。
「開拓には拠点がつきもの。そのためには金が必要じゃ。神代麦を村で売りさばくぞ」
意気揚々とそう宣言する当のエイデンは、汗を流さず傍観しているのみ。
ただ単にサボりたいだけなのか、はたまた植物を刈りたくないという同族意識が働いたのか。
昼食は野菜しか具がないサンドウィッチだった。どこから用意したものかは知りたくない。
「村に行くんだな?気を付けろよ、あそこは良い噂は聞かないからな」
話し掛けてくるのは、頭の上に乗っかった毛玉の魔物、モスアトマ。
畝に腰かけて昼ご飯を取っていたら、どこからともなく現れて来たのだ。
「調子はどう?」
「すこぶるいいぜ。お前たちが川を浄化してくれたおかげでな。……って、触るな!」
さりげなくモフっているのがばれた。確かに、朝触った時より柔らかく、綿飴のような触り心地だ。
とても健康なようだ。触診のつもりで、決して癒されたいからモフっている訳では
「ええい手を止めろ!それでな、村のことなんだが……」
「忠告しに来てくれたの?でも大丈夫よ、麦を売りに行くだけだから」
それが危ないんだ、とモスアトマは落ち着かなさげに体を揺らして、
「いいか?お前が行く稲荷村は、とにかく他所者に厳しい。長年『九尾族』が統治してきたせいでな」
「九尾族……ああ、高慢ちきな自己チュー集団ね」
「それをあいつらの前で言ったらハチの巣になるぞ……。まあ、化かされないように気を付けろってこった」
五獣族の内の一角、化け狐が治める村。
これは面倒なことになりそう、と私はサンドウィッチを齧りながら空を仰いだ。
その後は再び、巨大な麦を刈る作業に精を出した。麦というか、大樹を切り倒している感じだ。あらかた刈り終わったところで地べたにへたり込む。
「ご苦労さん、じゃな。お主は魔力で身体強化しとらんのか?」
「魔力……巫女だと霊力ね……あっ」
その時、気付いた。
拠点なんかよりもっと優先すべきものがあることに。
「霊石!」
「レーセキ?何じゃそれ、新種の花か」
「違う違う、土地を守る物よ。工学的には魔力供給源……っていうんだっけ」
「あ、聞いたことあります。それがないと魔法を使えず、結界も張れないとか」
「……ふむ?必要なのか?」
生徒に講義しているような気分だ。私はつま先で地面に円を描き、そこに石を置く。
「霊石はね、いわばポンプなの。土地から魔力を吸い上げて、発散させる。凄いところだと国民全員の魔力を賄っているところもある」
「でも、わしら魔法を使わんし。体一つで十分じゃ」
「ずいぶんと肉体派……。まあ、百聞は一見に如かずよ。エイデン、何か導魔力性のあるものは持っていない?」
すると、エイデンが袖の下から取り出したのは、萎びた木の皮だった。そこはかとなく嫌な予感がする。
「世界樹の古い皮なんじゃけど、使えるか?」
「うわっ、貴方それ、自分の唾液を杖の素材に使えるかって言ってんのと同じよ……。まぁ良いわ、使うけど」
戸惑いながらも木の皮を受け取り、畑の中央に突き刺す。そして、合掌の姿勢を取る。
「技能――『霊石建立』」
瞬間、透明な天蓋が空を覆った。魔力でできた結界は「死の地」全域にかかる。結界の端は地平線に隠れて見えなくなっていく。……と、そこで。
「……あら?結界がやけに広すぎじゃないかしら」
「んー?こんなもんじゃろ。この地は何故だか知らんが大量の魔力を内包しているようじゃからのぅ」
「えっ」
冷や汗が流れる。
もしや……盛大にやらかしたのでは。
「何かまずいんですか?」
「土地の魔力と結界の大きさは比例するのよ……。この分じゃ、『死の地』の外の他の結界に干渉しちゃう……」
「干渉したら?」
私は空笑いをしながら、その事実を告げる。
「あちらの結界が、魔力に競り負けて……壊れちゃう?」
時を同じくして、ある九尾の村では。
「長!大変です長!異常事態です!」
「神殿に入ってくるときはコンって三回鳴けと言っているだろう!あと靴は脱げ!」
「そんな場合じゃないですってコンコンコン!霊石が、霊石が……」
「霊石がどうした?」
「霊石がっ、結界ごと壊れちゃったんですよー!」
「……何っ?私を騙そうとしている訳ではないよな」
「狐が狐を化かして何になるってんですか!ここからちょっと離れた村でも、結界が壊れているらしいんですよ!」
畳に行儀よく座る一人の青年は、十本の尾をうねらせながら呟く。
「壊した不届き者は誰だ。このままでは――反乱が起きるぞ」
読んでいただきありがとうございます。
この世界ではあまり魔法が権力を持ちません。霊石がない場所では魔法を使うことができないからです。ですので田舎などでは魔法使いが素手で戦うという泥臭い場面を見ることができます。




