古代の唄
睨み合いが続く。
巨大な大蛇は鎌首をもたげている。
「まーた厄介なものが来たのぅ……。お主、古代の魔物に好かれておるのか?」
「アクアレムかあ!?そんな恐ろしいもんが川に住んでいたなんてな!」
言い伝えによれば、水唄蛇は戦士を見果てぬ夢へと誘うらしい。
その呪いの歌でもって。
『ア—―――――――――』
「巫女ッ!」
エイデンが鬼気迫った勢いで蔓を伸ばす。蔓は私の両耳に絡みつき、鼓膜を塞いだ。
脳を芯から揺さぶるような歌は届かない。身構えていた体の力が抜ける。
「危なかった……。そうか、世界樹は呪いを跳ね返すものね」
「じゃがお主にかかりきりじゃと、反撃ができん!今回の敵は呪いに自我を奪われてはおらんようだしの!」
つまり、浄化では対抗できないということ。
魔物を呼び寄せたくせに、助けられるだけの自分に腹が立つ。なんて、不甲斐ない。
「じゃあ、どうすれば」
その時、頭に乗っかっていたモスアトマが口を開いた。
「あの蛇の音痴な歌を跳ね返せばいいんだな?それなら俺たちにもできる!」
「巫女さん、私たちに任せて!」
言うなり、二匹は私の長い髪を伝って両耳に張り付いた。ふさふさの毛が、かなりこそばゆい。
「ま、まさか耳栓!?危険じゃないの、呪いを受けるなんて!」
「お茶の子さいさいだぜ!オレたちは魔物の排出物を吸収する、だから呪いへの耐性があるんだ!」
それでも……と渋る私の肩を、エイデンが優しく叩いた。
「でかしたモスアトマ、呪いの防御はお主たちに任せる。巫女!」
大声で呼ばれ、瞠目する。瞳に映るのは、足手まといの私に対する苛立ちの表情――ではなかった。
「祈っとくんじゃ!わしが勝てるようにな!」
エイデンは、快活にそう言い放つ。
私は、胸の前で両手を組み、破顔した。
「……世界樹様が、この地に繁栄をもたらしてくれますように」
そうして、心からの願いを捧げる。世界樹はどこか慈愛に満ちた微笑で頷く。
「承った」
翠色の残像を残して、駆け出す。
とぐろを巻き汚い歌を紡ぐ水唄蛇の下へと、エイデンは一直線に向かっていく。
「小鬼、鍬を!」
「はいっ、エイデンさん!」
傍に控えていた小鬼から鍬を受け取り、詠唱する。
「茨の剣」
瞬間、エイデンの腕から噴き出した茨が鍬を覆った。出来上がったのは、無数の刺に包まれた大剣。
「三枚おろしじゃ、水唄蛇!」
エイデンは大跳躍し、大蛇めがけて大剣を振りかざす。
だが、水唄蛇も黙ってはいなかった。水飛沫と共に尾を突き立て、威嚇の姿勢を取る。
「なっ!?奴は水砲を放つつもりか!」
「うそっ、避けて、エイデン!」
大蛇の顎の前で、魔力が凝縮された水が渦を巻く。そして、落下してくるエイデンに狙いを定め、必殺ともいえるブレスが放たれる。
—―が、エイデンは回避することも防御することもしなかった。
水砲が、正面から直撃する。
「エイデン!?」
下手すれば四肢がばらばらになるほどの威力だ。蒼白になりながら、声の限り叫ぶ。
—―永遠とも思える一瞬の後、泡の中から現れたのは。
「悪手じゃったのぅ!」
いつもと変わらない着流しを纏う、一人の世界樹だった。
唖然とする私に小鬼が付け加える。
「お忘れですか?水なんて世界樹にとってはむしろ栄養分ですよ」
忘れてた……。
けれどそれにしたって、あのブレスには魔力がこもっていて……そこまで考えたところで、思考を止めた。
「いけエイデン、倒せー!」
モスアトマの掛け声と同時に銀色が閃く。斬撃が幾重にも重なる。ひときわ大きい水飛沫が上がる。
大蛇が天に向けてうねる。傷口から大量の水を溢れ出させる蛇は、断末魔を撒き散らす。
そうして、古代の魔物は風船のように萎んでいった。
私はくたびれたモスアトマたちを腕に抱えながら、呆気に取られる。
「すごい……水唄蛇を、こんなにしちゃうなんて……」
茨でできた剣を担ぐエイデンは、静かに水唄蛇を見下ろしている。その端整な横顔に深い慈悲をたたえて。ただただ、泰然と。
この世界樹なら、終末を退けてくれるかもしれない。
そんな淡い期待を抱いて……私は首を振った。
私がかける呪いはきっと、誰にも覆せない。
今までも、これからも。
「よし、水はきちんと浄化されておるな。帰るぞ、巫女、小鬼!畑を耕しに!」
……けれど、どうしても祈らずにはいられないことができた。
故郷を失って、放浪していた中で見つけた、唯一の居場所。
平穏な毎日が、この地でずっと続きますように。
その後。
岩場を去っていく巫女と世界樹の後ろ姿を岩の陰から見守る者がいた。
「浄化されちゃった。こんなにあっさり?まずいなぁ……」
幼い少女は、好き放題に伸びる萌黄色の長髪をいじりながら、言う。
「終末が早まっちゃう」
それから、どこか大人びた微笑を、翠髪の青年に向けて、
「精々あがいてね、『お兄ちゃん』」
読んでいただきありがとうございます。
次回からはようやっと領地開拓関連のことに踏み込める……!これまで長かった……!
とは言っても、まだ五話なので、引き続き頑張っていきたいと思います。




