毛玉と清流、そして終末
浄化すれば、終末を呼んでしまう。
それでも、「死の地」で生きていくにはそうするしかない。
目指すは、川の上流。そこで水を浄化すれば、綺麗な水が畑まで行き届く。
そう考えた私たちは、川に沿って北の岩場へと歩いていく。
「エイデンさん、畑が使えるようになったらどんな作物育てますかー?」
「村で高く売れるものがいいのう。家も建てたいし……。神代麦とかどうじゃ」
「それ、最高級の薬草じゃない。そんな家庭菜園感覚で」
「うむ、おひたしにすると上手いぞ」
「初めて聞いたわよ。あと共食いじゃないの?樹が草食べるとか」
小鬼は鍬を担いだまま早足で先頭につき、世界樹はやや遅れて私の後ろを歩く。一列に並びながら、卵型の岩がジグザクに配置された道を歩いていく。珍しい岩の形だ。好奇心で岩肌を叩いてみる。すると。
「……あら?誰かいる?」
岩の裏に気配がする。もしや魔物では、とおそるおそる後ろに回り込んでみる。
「毛玉?」
「ぴえっ!見つかっちゃった!」
毛玉が、喋った。
真っ白な毛むくじゃらの何かと一緒に、仲良く飛び上がる。明らかに、手も足もないただの岩から幼子の声がした。
「こっ、高度な腹話術でも使ってるの!?」
「に、人間っ!親分、助けてー!」
その叫びに応えるように、岩陰から現れたのは更に大きい毛玉。
「うちの子分に何しやがんだ!許さねえぞてめぇ!鼻こちょこちょしてやる!」
……声はどすが利いていても、見た目のせいで威圧感が毛ほどもない。冷めた目で、飛びかかってくる毛玉を片手で押さえる。
「この魔物、何?」
「モスアトマじゃ。西の海岸に生息していたヤツでのぅ……」
「普通の個体はもっと小さいんですが、魔物の排出物を吸収して大きくなるんですよ」
「ふーん……マリモみたいね」
「で、西に魔物が増えすぎたせいで海で大量繁殖した」
「まりもね」
「厄介者扱いされ、この『死の地』に流れ着いたんじゃ」
「本当はこんなところに来たくなかったんだぜー!綺麗な水がないせいで陸上生物になるしかなかったんだ!」
「進化してる……」
と、その時、言いようのない違和感を抱いた。水が、ない……?
「それでのうモスアトマ、わしらは川を浄化しにきたんじゃ」
脱線しかけた話を戻し、エイデンがそう告げると、マリモ二匹はその場で跳ねた。
「ほ、本当か!?巫女を見つけやがったのか、てめぇ!」
「わーい!やっとお水に住めるね親分!」
全身で喜ぶ姿は、とても微笑ましい。何というか……愛でたくなる。
「モフモフしたい……!」
私は瞳を輝かせながら毛玉たちに近寄る。つややかで柔らかそうな毛並みに思わず唾を鳴らす。
「てめぇ何す……ああああああ」「巫女さん力強いよー」
そして、気付けば毛玉たちを抱きしめていた。天日干しした毛布のような匂いがする。ああ、とろけそう……。
「エイデンもいる?この子たち本当に可愛くて……」
「おいキャラ崩壊しとるぞ終末巫女。そいつらも困っておる」
頭をはたかれたことで、やっと正気を取り戻した。
「そうだった、早く浄化を済ませて、モフらないと……」
慌ててモスアトマを離し、儀式の準備に取り掛かる。袴の帯から札を取り出し、水が流れ落ちる岩に貼り付ける。
「何者だあの巫女……。信用できんのかよ?」
「うむ、技能は今まで会ってきたどんな奴よりも高い」
息を深く吸う。自分の中に潜り込むイメージを浮かべ、瞑目する。手で印を結び、詠う。
「堰き止められし沢、夢の見ない狐。輝き失いし大社、花のない簪。そして力は満ち巡る」
光の粒が立ち昇る。眩い陽光は、岩に貼られた札へと収斂していく。
「—―浄化」
たちまち、黒く濁っていた川が澄み渡っていく。青翠の水底が露わになる。宝石のように光を跳ね返す清流。これが、川の本来の姿だったのだろう。
隣を伺うと、エイデンも小鬼も、揃って呆気に取られていた。私も、彼らと同じように、静かに感動していた。
この『死の地』とっくに朽ち果てているんだと思っていた。
けれど、眼前を流れる小川は、確かに、息づいている。
「……こんなに、美しかったんだな。まだ終わってなかったんだな、この地は……」
モスアトマは、万感のこもった口調でそう言った。そして、私の頭へとよじ登ってくる。
「てめぇ、なかなかやるじゃねぇか」
くすぐったい感触に笑みが零れる。頭に乗るのは、モスアトマなりの信頼の証。
やっと、誰かの役に立てた。瞳が潤むのを、止められない。
—―だが、そんな時間も長くは続かなかった。
『ラ—―――――――――』
その瞬間だった。
地の底から響くような、不気味な歌が聞こえたのは。
それが耳朶を撫でた途端——私は、平衡感覚を失った。
「あ、」
全身を震わせながら、倒れこむ。巫女の加護を持ってしても、防げなかった。
「おいっ、巫女!?しっかりしろ!」
エイデンが、私の肩を強く揺さぶる。それにも関わらず、私の意識は急速に 遠 の い て
「気を保て!帰ってくれなくなる!ああくそっ、娘を殴るのは気が引けるが……」
ぴしゃりっ、と乾いた音がした。頬を張られた、と遅まきながら気づき、我に返る。
「痛っ……貴方、馬鹿力!」
「助かったんじゃから文句は言うな!それより、前を見ろ!」
エイデンが指し示す先には—―水辺でとぐろを巻く、長い尾の大蛇。
あれは、まさか。
「『水唄蛇』……!?」
朦朧とした意識のまま、驚愕する。
それは、神社の文献でしか見たことのない—―古代の魔物だ。
読んでいただきありがとうございます。
モスアトマには、作者のマリモをモフモフしたい願望が詰め込まれています。ずっと描きたかったキャラです。




