建国の手引き
私は、狭い小屋で甲羅を焼いていた。いわゆる『卜占』というもの。この技能は、甲羅のひび割れの形で物事を占うことができるもの。
「この形……って、そんな……」
「どうしたんじゃ、何が分かった?」
私と向かい合う形で座っているのは、人の姿をした世界樹。ただし、どこか超然とした美貌の持ち主であり、そして……
「私のせいで、貴方にかかってしまった呪い。それは、かなり悪性のものだった」
ろうそくを傍らに置く。今は真夜中。隣の物置では、小鬼が眠っている。かすかな月の光を浴びながら、私は沈痛な声音で、告げる。
「貴方の呪いは、この『死の地』とリンクしている」
「……つまり?」
「この土地の呪いが全て浄化されない限り、貴方の呪いは解けないってこと」
なんて皮肉なんだと思った。
浄化しないと、呪いはエイデンを蝕んでいく。しかし浄化すれば、私は更なる終末を呼び込んでしまう。
……ただ、この地で平穏に暮らしたいだけなのに。
しばらく押し黙っていたエイデンは—―次の瞬間には、明るい笑顔を浮かべていた。
大きく、目を見開く。
「ま、あれじゃろ。浄化して、戦ってを繰り返して……少しずつ、呪いを解いていけばいいんじゃ。気長にいけばいい」
気長に……。
その言葉を反芻しながら、甲羅に印を施して、呟く。
「そんなのできない。早く呪いを解かなきゃ」
「早く、か。お前は安息の地を求めに来たのではないのか?」
頭に手を置かれる気配がして、ばっと顔を振り上げる。
すると、目の前には鉱石のように輝く花があった。
「これ……」
「水晶零花じゃ。きれいじゃろ?何年も、わしが体内で育ててきた花じゃ」
エイデンの掌に咲く、青みがかった水晶。その幾重にも重なった花弁は透き通っていて、とても……美しい。
「わしは、呪いに負けるようなやわな樹じゃない。それよりも、もっと、楽しむべきことは楽しまんと、人生つまらんぞ。折角流れ着いた土地じゃ、目一杯楽しめ」
理由は分からないけれど、瞳が潤んだ。手に咲き誇る水晶零花を、おそるおそる摘み取る。
「そう、ね。ごめんなさい。あと、ありがとう」
「ちょっ、お主、泣くなよ!?」
「泣く訳っ、ないでしょ。貴方の花粉が目に入ったの」
「今はそんな季節じゃ……っておい、わしの服で鼻をかむな!」
エイデンの呪いを治して、平穏な日々を手に入れる。そのために、この地を開拓していく。
その先に、どんな『終末』があっても。
月が煌々と照らす小屋の中で、私はそう心に誓った。
翌朝。
寝違えてしまった首をさすりながら、私は畑への畝道を歩いていた。
「巫女さん、おはようございます」
「あら小鬼、エイデンの居場所を知らない?」
「エイデンさんなら畑にいますよ!何か難しい顔をされてました!」
「ふーん……って、そういえば貴方、名前は?」
「不用意に名は明かせませんよー。呪いにかかっちゃうかもしれませんし」
「それもそうね……」
改めて辺りを見回してみると、「死の地」と呼ばれるのにも頷ける、荒涼とした大地が広がっている。枯れ木が生えているばかりで、だだっ広い平原は焼け焦げたように臭い。今まで誰も寄り付かなかったのだろうか。確かに、土地の魔力が枯渇していそうな見た目だけど……。
「巫女さんは、これほどの呪いを見たことは?」
「これほどのは……ないわね。……いえ、昔に少し……」
思い出す。呪いに覆われた故郷を救おうとして、浄化を施した時のことを。あの時は最強の竜種を呼び寄せてしまい、村は—―
……私のせいで、滅びた。
沈む気持ちに呼応するように、地面がばくりと脈打った。その衝撃で我に返り、懐に手を入れる。エイデンからもらった水晶零花に触れると、不気味な脈動は収まった。
何だったんだ、今の?真っ黒な何かに吞み込まれるような感じ……。
その時、小鬼が突然服の袖を引っ張った。
「みっ、巫女さん!大変です、エイデンさんが!」
戦慄の眼差しを受けて、正面に顔を向けると—―そこには。
「うそ……」
畑の中央で、力なくうつ伏せになっている世界樹の姿があった。
呼吸が、一瞬止まる。動転しながら、大慌てで駆け寄る。
「エイデン!?」
まさか呪いに蝕まれたのではないか、と嫌な想像が脳裏を駆け巡る。そうだ、いつ命が消えてもおかしくない呪いなんだ、私は何を油断していた。蒼白になりながら、エイデンの体を揺さぶり、名前を呼ぶ。
すると。
「あれ、巫女。早いのう、もう仕事か?」
目を覚ましたエイデンは、あっけらかんとそう言ってのけた。私は一瞬、呆ける。
「……はい?」
「わしは根の流れを探知しておったんじゃが……。芳しくないのう。地べたに蹲ってもよく分からん」
「は?」
エイデンは飄々とした様子で起き上がり、胡坐をかく。それから大あくびもしやがった。
私は握り拳を震わせ、アッパーを叩きこむ。
「いたっ!?何するんじゃ、自然破壊じゃぞ!?」
「紛らわしいのよっ!このっ、KY世界樹!」
「空気は読むんじゃなくて吸収するもんじゃろ!」
とりあえず、数発叩きこんだところで妥協した。傍で事の成り行きを見守っていた小鬼が戦々恐々とする程の威力で。
「それにしたって、どうして根の流れを調べてたの?」
「うっ、すぐには再生できんぞこの傷……。わしの根は、この『死の地』全域に張り巡らされているんじゃ……。だから水があれば察知できる。でも」
「水源が、汚染された川しかなかったんですか?」
エイデンはこくりと首肯した。世界樹の万能さに感心しながらも、私は嘆息する。
「なら、私が浄化する」
エイデンは、翡翠色の瞳を丸くする。
「良いのか?お主、浄化は嫌がっていたはずじゃろ」
「どうせやらなきゃいけないことでしょ。それに、また貴方が覆してくれるんでしょう?終末を」
創造をもたらす世界樹がいてくれるなら、怖いものなんてない。不思議と、心が穏やかだ。
独りで各地を放浪していた時より、ずっと。
ここで私は、自分の居場所を作ってやる。
どんな終末を呼んだとしても――私はそう、強く心に誓った。
読んでいただきありがとうございます。
そろそろ世界樹がゲシュタルト崩壊してきました。いやでも、世界樹像をこねくり回すのは楽しい……。
次回は終末回ですね。浄化と終末はセットです。




