最初の終末
一瞬、分厚い雲が空を覆ったのかと思った。
だがそれは、ドラゴンの翼だった。羽ばたくだけで凄まじい暴風が吹き荒れる。立っていることもままならなかった。
「いやいや……おかしいおかしい……あんなでかいドラゴンなんて、存在するの……?」
魔力制約などの理由で、魔物には限界のサイズがある。けれど、目の前にそびえ立つ何十頭身もありそうな翼竜は、平気でそのサイズをぶっちぎっている。肌が粟立つ。
「『風竜』……おいおい、太古のドラゴンではないか。しかも呪われておる。……チッ、自我を失っておるとは、やりにくいのぅ」
確かに、風竜の口からは墨が垂れていた……って、あれは涎か。普通にキモチワルイ。
ドラゴンは焦点の定まっていない瞳で翼を振るう。同時に、爪のような形の風が生まれる。
「まずいですっ、あの方向には……!」
風の刃が向かう先には—―先ほど浄化したばかりの畑。
「あ—―」
間に合わない。
伸ばした手が空振る。あんな瘴気塗れの風に切り刻まれたら、ひとたまりもない。畑が、死滅してしまう。
やっと、ちっぽけな日常を掴めそうだったのに。そんなことを祈ることすら、許されないのか。
顔が歪む。終わりをもたらす風が猛り狂う。
—―その、寸前だった。
「行儀がなっておらん」
地面が激しく脈打った。風を遮るように噴き出したのは、太く、長い根。
「根の足」
合図と共に現れた何本もの根は、刃を弾き返した。まるで、蚊を払いのけるかのように、いとも容易く。私は驚きのあまり目を点にする。
「言ったじゃろう、ここはわしのナワバリじゃと」
地面からは更に根が湧き上がる。しなやかにうねり、絡まり合うそれは、一斉にドラゴンへと襲い掛かる。
『ガ、アッ!?』
一瞬だった。
ドラゴンはなす術もなく根に巻き取られる。巨体が傾く。大きな翼ごとすっ転ぶ。
ほっと胸を撫でおろしたその時だった。
「巫女!!ドラゴンの呪いを解け!!」
エイデンは私に振り返り、そう言った。
一拍遅れて言葉の意味を理解し—―思わず叫び散らかす。
「な、なんでよ!?私の祈りがこんな事態を呼び寄せたのよ!?もう一度、そんなことを……」
「お主が引き起こす『終末』ごとき、わしにとっては屁でもない。いいから祈れ、それが巫女の仕事じゃろ」
二の句が継げなかった。私がもたらす不幸は、いつだって町や村を灰に変えてきた。でも、と思う。
そんな終末を退けるくらい、強い力があれば。
私は、心の底から誰かに祈りを捧げることだって—―
「大丈夫じゃ。わしは世界樹。破滅を覆す創造をもたらす存在じゃぞ」
頬を温かい涙が伝う。
涙を溢れるままにしながら、私は両手を合わせる。
「堰き止められし沢、夢の見ない狐……」
呪いに蝕まれたドラゴンが苦し気に呻く。私は、根に抱き締められるドラゴンに微笑を向ける。
今、救ってあげるから。
「輝き失いし大社、花のない簪……そして力は満ち巡る」
光粒が辺りを満たす。これを唱えたらもう、後戻りはできない。分かっていて、言葉を紡ぐ。私の祈りを届ける。
「浄化」
眩い鳥の大群がドラゴンを呑み込む。断末魔とは違った咆哮が響く。
光が消えて、後に残ったのは、純白のドラゴン。
「やった……」
へたりこむ。浄化に成功した。それがどんな終末を呼んでも、きっと世界樹が退けてくれる。
と、信じていたのだが。
「あ、あれ、エイデンさん!?エイデンさんの様子がおかしいです!」
小鬼の指摘に、エイデンの方へと視線を向ける。
そして、絶句した。
エイデンの翠髪の一部が、真っ黒に染まっていた。そう、黒に。
「い、嫌な予感がするんじゃが……わし……」
エイデンは端正な顔を小刻みに揺らしながら、言う。
「呪いにかかったかも……しれん」
読んでいただきありがとうございます。
古代の竜は、主に二種類の方法で現存しています。
封印されていたか、自ら冬眠していたかです。
風竜は果たしてどちらでしょうかね。




