平穏と波乱は表裏一体
私が祈ると、全てが悪い方に転がっていってしまう。
焦土となった故郷を目の当たりにして、そう確信した。
私を意味するあだ名は終末巫女。
戦士に加護を与えても、更に魔物の大群がやってくる。豊穣を願っても、通りがかりのドラゴンの息吹が穀物を根絶やしにする。
ならば、いっそ。
誰からも必要とされず、願いもしない、平穏な日々を過ごすのも良いんじゃないか。
だから私は、大陸の最南端、「死の地」へと足を踏み入れた。
「加護が全くない……。噂通り、呪われているのね」
そこには草の一本も生えていない、真っ黒な大地が広がるばかり。
風にはかすかな灰が混ざっている。慌てて笠を被ろうとすると—―突風に笠がさらわれてしまった。
「あら、そっちは……」
笠が運ばれていく先は、瘴気に覆われた川。まずい、と手を伸ばしたその時。
「蔓の腕」
突如出現した細長い蔓が、笠を掠め取った。
「危ないのぅ、娘。その川に触れたら火傷どころじゃ済まんぞ?」
目の前に佇むのは—―指先から蔓を生やす、翠髪の美青年。肩にかかる髪はややカール気味で、相貌は息を呑むほどに整っている。が、それよりも気になるのは。
「貴方……世界樹、ね?」
姿はどう見たって人間だけれど、纏っている雰囲気から神格が滲み出ている。
巫女の目は誤魔化せない。看破された青年は、微笑を浮かべる。
「そうじゃ。まあ、正確には世界樹と人の合いの子じゃがな。……それで娘、お主は世界樹の力を借りに来たんじゃろ?」
「いいえ」
「じゃがのぅ、いくら世界樹の力が強力だからといって貸すことは—―お?」
世界樹、もとい青年の動きがピタリと止まる。まるで出鼻を挫かれたかのように困惑した表情に変わる。
「わしの力を求めに、じゃないのか?」
「私は国を破壊するつもりはないわ」
「えぇ……じゃあ何のために来た娘。わしの領地を訪ねるのは、力をねだる奴らばかりじゃのに」
「私は安息の地を探しに来たの。破滅に導くのなんてもうこりごり」
真剣な面持ちでそう言い返し、笠を深くかぶり直す。
「私は終末巫女。祈れば祈るほど、終末が舞い込んでくる。だから放っておいて。貴方の邪魔をするつもりはない」
そのまま立ち去ろうとすると—―不意に、手を掴まれた。
「ま、待つんじゃ。お主は巫女なのか?あと普通世界樹スルーする!?」
「一応巫女が持っている技能は極めているけど。それが?」
「お主に、手伝ってもらいたいことがある」
そうして、私は荒廃した土地の奥深くに案内された。
「おお、着いたぞ。ここじゃ」
青年が足を止めたのは、黒い土に覆われた小さな畑。四方を樹木で囲まれており、畑自体は平べったいパンのように広がっている。
「いるか、小鬼!」
畑の中央に佇む人物が振り返る。小鬼、と呼ばれていたのでてっきり強面かと思っていたが……なんと、その姿は幼い少年のものだった。
「エイデンさん、お久しぶりです!と、こちらは?」
金髪の小柄な少年は礼儀正しくお辞儀をする。頭の上の二本の角が覗く。
「こいつは……不法侵入してきた世捨て人」
「もう少しましな説明はないのかしら?この胡散臭い世界樹が知り合いなんて大変ね、小鬼」
「いや、知り合いじゃないです。雇用主です!」
小鬼の少年は笑顔でそう言ってのけた。……只者ではない。
「行く場所がないというから雇っておる。給料はわしが体内で育てている植物じゃ。村に持ってけば結構高く売れるぞ」
「ずいぶんと軽い気持ちで中身を売るのね。……で、何の話?」
私が冷めた目で続きを促すと、世界樹、もといエイデンは足元を指差した。
「お主に、この地を浄化してもらいたい」
浄化。巫女だけに許された技能。それは、あらゆる呪いを跳ね返すというもの。
だからこの世界樹は私を頼ってきたのか、と合点がいったが……同時に。
「終末巫女だと言ったじゃない。前の浄化の時は、なぜか地下の封印が解けて魔物が湧き出してきた。今回も、土地が消し飛ぶかもしれない。それでいいの?」
もう、祈るわけにはいかない。
だが、二人は不思議そうに顔を見合わせて、
「なぁ小鬼、これはそういう設定か?乗っかった方が良いのか?」
「エイデンさんは疎いですね。無視が吉ですよ」
「ちょ、本当のことよ!?その生温かい視線は何!」
必死に訴えかけても、二人は距離を取るばかり。こう、自称二十歳のエルフの長老を見るような笑みで。ぶぢっ、と頭のどこかが切れる音がした。
「もうっ、知らないわよ!何が起きてもいいのねクソー!」
半ばヤケクソ気味に札を叩きつける。終末巫女(笑)の本分を見せてやる!
……そうして、誓いはあっさりと破られた。
「堰き止められし沢、夢を見ない狐。輝き失いし大社、花のない簪。そして力は満ち巡る」
高速で詠唱を口ずさむ。陽光が辺りを包んでいく。
そして、言葉に乗せる。
「浄化」
締めに、手首の鈴を鳴らす。
すると、光の粒でできた鳥が、地面から湧き上がってきた。眩い光と共に、真っ黒だった大地が純白に染まっていく。
「おお……さすがじゃな。一発成功か」
胸を撫でおろす。けれど、安堵してはいられなかった。この光景を何回も見てきたから。
—―後の悲劇と一緒に。
その時、不気味な地鳴りが遠くから響いてきた。
「何ですか?この地面の揺れ……」
「いやな気配じゃな。感覚毛が悲鳴を上げとる……」
私だけが、一足先に状況を呑み込んでいた。今度もまた、終末を呼び込んでしまったのだ。
振動が大きくなっていく。濃い瘴気が漂ってくる。木々の間から顔を出したのは
—―本来ここにいるはずのない、巨大な、ドラゴンだった。
竜が解き放たれ、歯車は回り出す。
そして、終末は「死の地」を目覚めさせていく。
読んでいただきありがとうございます。
最後まで書き切るのが目標です。
繁栄の裏には終末がある……それでも、居場所を作ろうとする巫女と、世界樹の話になります。
終末を退けながら平穏を求めていく、そんな主人公たちを見守っていただけますと嬉しいです。




