舞い込んだ商談
「だーからっ、本殿はもっと広い方がいいのよ!ダークエルフが全員入るような広さ!」
「いやそれは無茶だぜ巫女さん!魔力に限りがあるし耐久性も確保できない!よって却下!」
「なにーぃっ!?そこをなんとかするのよ!」
私はかれこれ三日間も狐の大工たちとこのようなやりとりをしていた。
建設中の神社を前に、宝玉を持ったウメと睨めっこを繰り広げる。後ろでフキがおろおろしていた。
「あの…ウメ、巫女さん、ケンカはほどほどに……」
「喧嘩じゃないわよ!」「何言ってんだフキ!」
「ひえっ」
同時に怒鳴られたフキはぴゃっと肩を跳ねさせてエイデンの背に隠れる。巻き込まれたエイデンはげんなりした顔で言った。
「お主ら飽きないのぅ……。本殿に入ってから全く進んどらんな。まず鳥居から取り掛かるのはどうじゃ?」
「鳥居!?本殿が最優先に決まってるじゃない神様が鎮座される場所よ!?まずは神域から!」
「お、おう。さすが本職じゃな」
神社を建てる前にはその土地に住まう神様を迎える儀式が必要だ。地鎮祭と言うのだけれど、それは既に稲荷村の人々が済ませてくれたらしい。なんともありがたいことだ。
次に巫女たちがすべきは、本殿を完成させること。
しかし、どうにも行き詰っていた。
ウメは諭すように語り掛けてくる。
「巫女さん、創造魔法って言ってもフキの幻術で保ってるだけなんだ。一から作った時とは違う。大きい建物はあっしらのイメージと乖離することが多くて、すぐ崩れちまうんだ。あっしらの力不足さ。……ごめんよ」
私も、大きな建物をイメージしろと言われて細部まで思い描ける自信がない。
ウメたちの言い分も分かる。けれど、と渋っているとエイデンに腕を掴まれた。
「そんな缶詰になっててもいいもんは完成せんじゃろ。屋敷に戻ってゆっくり休もう」
「えっ、でも……!」
「野宿ばっかで疲れてるんじゃよ、ふかふかの布団で寝れば頭もすっきりするはずじゃ」
そういえば布団は久しく見ていない。魅力的な提案に結局は白旗を上げた。
屋敷に戻ると、門の前に人だかりができていた。
「あっ、巫女さんたちが来たぞ!おーい巫女さん!」
気前の良さそうなダークエルフの青年に手招きされて、人混みをかき分けて門を潜っていく。
庭園の中ほどで、咲き乱れる桜を見上げていたのは一人の男性。
屈強でたくましい体つきをしていて、もみあげから顎にかけて獅子のような髭を生やしている。髭も髪も燃え上がるような緋色。
男性は人好きのする笑みを浮かべて振り返った。
「やぁ、あんたたちが『巫女さん』とやらだな。噂にはよく聞いている」
渋くてダンディな声だった。がちゃがちゃと鎧を鳴らして近づいてくる。腰に差している剣を見て、警戒心が一気に跳ね上がった。
それはエイデンもだったようで。
「お主……何者じゃ?勝手に人の家に上がり込んで、誰の許可があってそんなこと――」
「わっ、堪忍エイデンさん、うちが上げたんよ。こういうのは給仕の務めと思って……」
桜の樹の陰からツバキがおずおずと出てきた。和風エプロンを纏って盆を抱えている。ツバキは給仕として屋敷に住んでたんだっけ。
私は安心させるようにツバキの頭を撫でた。ごろごろと気持ちよさそうな声が上がる。いやそれは狐ではなく猫では。
「それで?素性を伺いましょうか。貴方は何者?」
「おれは『剣の国』から来た剣士、ゲンガと言う。最近四十路を迎えたばかりで、女房と五人の子供と住んでいてな。末の子が可愛い盛りでな、そりゃ愛らしくて――」
「よく分かりました。ゲンガさん、それで私たちの国に何用ですか」
出口の見えない我が子自慢が始まりそうだったので、強引に話を断ち切った。ゲンガはむっとしながらも顎を撫でさすって続ける。
「剣の国、は知っているよな」
「えーっと、もちろん知ってますよ、アレですよね。ねぇエイデン」
「うむ、アレじゃな」
「うち知っとるよ。ここから北の方、大陸の中央辺りにある国やな?なんでそんな遠い国から来たん?」
冷や汗を流す大人たちに代わってツバキが言い当ててくれた。うむ、と満足そうに頷くゲンガ。
「時代は変わったからな、剣士が剣以外で戦わなければいけない時が来た。俺たちは商売を始めようとしているのだよ。だが今まで柄ばかりで筆なんて握ってこなかった、大国の信用が得られるはずはない」
「だからぽっと出の小国であるうちに商売話を持ち込みにきた……と?」
いつかはこういう日が訪れると思っていた。
死の地も他の国と交流を持たなければ生きていけない。貿易が始まるのはごく当然のこと。
とっくに決まりかねていた腹を据えて、ゲンガに問いかけた。
「それで、一体どんな魅力的な話なんでしょう?」
「あんたたちの国には特産物があるか?」
とくさん、ぶつ?
大きな商談が舞い込むと思っていた私は首を捻る。よもや特産物を聞かれるとは。
「特産物といえるものは特に……」
「そうか。なら、他を当たる」
「ちょっ、ちょっと待ってください!?」
門から去っていこうとするゲンガを引き止め、当惑しながら叫びかけた。
「やけにあっさりしてない!?はるばるやって来たんでしょ!?」
「南には偵察に来ただけだ。死の地に国を作った人たちがいるという話を聞いてやって来たが……無駄足だったようだな」
「いやあります特産物!ありますから!」
正確にはある、というより作る。
死の地に特産物を生み出すという新たな試練が私を待ち受けていた。




