歌声と鎧竜、幸福と終末
人魚たちの声が竜宮城内のあちこちから上がる。
それは解呪された先ほどのとは違い、溢れんばかりの喜びの代わりに静かな祈りがこもっている歌だった。
全員の目は、人魚姫を取り込みつつ町中に猛威を振るう鎧竜へと注がれている。
美しい歌がクレッシェンドにかかった頃。
私たちは都合十回目の突撃を失敗に終わらせているところだった。
「ルティナ、もう一度『刺突魔法』を撃てる!?今度は尻尾めがけて!」
「できるが……暴れ狂いすぎだ、あの竜。照準が定まらない……。童が魔法を使えるのはあと五回こっきりだ、すまない巫女さん」
「なるべく鎧が薄いところを狙った方がよいぞ。しかし、まずは動きを止めなくてはな」
鎧竜のせり出した腹からはカーフィの痩身がぶら下がっている。ゆっくりと吸収されている最中なのだ。エイデンの目算では半刻ほどで完全に竜の腹の中に収まってしまうらしい。
焦りが募るばかりだ。鍛冶士を呼びに行った小鬼とツバキはまだ帰ってこないし。
「わしの蔓もこんなじゃからのぅ……。拘束なんて到底できん」
「ん?待って、しなしなになっても、世界樹の身体能力はあるのよね?」
「しなしな…自分で言うのもなんじゃが美味しそうじゃな。そりゃの、人間よりかははるかに動けるぞ」
樹なのに人より機動力があるんだ……。萎れた蔓を指の先から出して苦笑いするエイデンをじっと見つめ、ふと頭に引っかかるものがあった。
「あれ?それなら蔓に頼らなくてもよくない?縄使って鎧竜縛るとかできないの?」
「あ」
今の今まで盲点だった、と言わんばかりの間抜けな呟きが漏れた。
エイデンはすぐさま地上へと身を翻し、呼びかける。
「誰か―!縄が欲しいんじゃけどー!」
するとまるでスタンバイしていたかのように頑丈そうな太い縄が投げ渡された。竜の爪でも千切れなさそうな丁寧に編み込まれた縄だ。それを体の横で何回か回し、眼下の竜へと放るエイデン。
縄はちょうど竜の首にかかった。
「ふははは、大物が釣れたのぅ!」
もう片方の端が素早い手さばきで塔の表面に巻き付けられていく。縄の長さが縮まる度に竜がもがきながらも引っ張り上げられていく。
重量に耐える縄だけどすさまじい怪力で巻いていくエイデンもエイデンだ。
蔓や根がなくても、世界樹は十分人間を超越している。
「エイデン、糸はもやい結びにして!それが絶対に解けない結び方なの!」
「もっ、もやい!?もやしか!?」
倭村に代々伝わる――他の国から伝わってきた可能性も否めない—―結び方、もやい結び。
例え竜の全体重がかかっても解けないと断言できるほど、引っ張る力に非常に強い。
私が言う手順通りに端を処理し終えたエイデンは、縄から手を放した。
鎧竜はなんとかして縄を振り解こうと前へ前へと飛ぶも、塔と固く繋がっているせいでかなわない。じたばたと暴れる姿はまさにアヒル。
「ルティナ、今よ!」
「杯、冠、寿ぐ詩歌。暗き安泰を陽光差さぬ岩窟に――『刺突魔法』!」
詠唱と同時に、ルティナは真っ白な弾丸となって飛び出した。
一直線に突っ込んでいく先には尻尾。中でも鎧が薄い関節部分。
さんっ、と根菜が切り落とされるような柔らかい音がした。
閃光が宙に刻まれる。斬断された尻尾が、ふわりと漂って竜の本体から離れていった。
鋭い悲鳴が打ちあがる。
鎧竜は身をのけぞらせ、カーフィを抱えたまま水底へ沈んでいった。慌ててその後を追いかける。
「これで、倒せ」
た、と言い切る前に何か尖ったものが頬を掠めた。赤の色彩がじわりと水に踊る。
飛んできたのは鎧の破片のようだった。
底に降り立った竜の方を見下ろし、それから絶句する。
そいつは背中から新たな翼を生やし、古い鎧を脱ぎ捨てていた。
事態に気付いたらしいエイデンが冷や汗を滲ませて呟く。
「まずい……古代竜の脱皮、かのぅ……?」
強固なものへと鎧を張り替えているということか。そんなことをされたらますます攻撃が通りづらくなってしまう。
私たちの焦燥など知らず、鎧竜は気持ちよさそうに体を伸ばし、再び飛び立つ。脱皮したことで縄も解けてしまった。
誰かの大切な家が、爪と牙によって次々に壊されていく。
私は情けないことに俯くしかできなかった。家のありがたみは痛いほどよく分かっている。そこで過ごす時間がどれほど温かいのかも。
エイデンと小鬼とツバキとルティナと、皆揃って屋敷で夕餉を取り、一つ屋根の下で眠りに落ちる。
終末巫女にとってそんな何気ないひとときはかけがえのない宝物なんだ。
だから、私はなりふり構わず鎧竜の元へ飛び出した。
「おいっ、巫女!何をしようとしてるんじゃ!」
後ろからエイデンが追いかけてくる。私はその手を振り払って叫んだ。
「だって、このままじゃ終末に何もかも壊されちゃうのよ!私が呼んだ終末のせいで!」
「気持ちは分かるが落ち着くんじゃ!お主はそそっかしい、巫女と思えんほどにな!」
「それは巫女に対する偏見よ!あわてんぼうの巫女だっているでしょ!?」
エイデンが心配してくれているのは言葉にしなくても分かる。でも、違うのだ。
人魚たちに歌を戻したのは私。鎧竜を招き寄せてしまったのも私。
どちらも自分だから困り果ててしまうんじゃないか。
人魚たちの、切なげで澄み渡った歌声が響く。
懊悩に懊悩を重ねていた、ちょうどその時。
「巫女さん、来たで!」
待ち侘びていた声が耳を突いた。




