終末と泡沫の歌 後編
人魚姫が切なげな歌を残して竜に取り込まれる。
私は水を必死に足で押しのけ、彼女の元へ駆け寄った。
「カーフィ!」
エイデンを攫って勝手に婿にしようとした困った姫だ、思うところはあるけれどいなくなってほしいなんて思ってない。ましてや終末に巻き込まれてほしいなんて。
竜が翼代わりに身に纏った鎧が開き、腹の肉がせり上がる。ドーム状になった白い腹にカーフィがゆっくりと沈み込んでいく。
力なく下がった手に手を重ねようとした、その時。
鎧竜の尾っぽが振るわれ、私の視界いっぱいに飛び込んできた。
まるでわずらわしい蚊をはたき落すように、鋼鉄の尾が薙ぎ払われる。カーフィの手を握って、ぎゅっと目を瞑った。
そんな私を掠め取ったのはエイデンだった。
「巫女!一旦立て直すんじゃ!」
エイデンは私を抱えて猛スピードで泳ぎ去る。尻尾が頭上すれすれを横切った。そのまま水底へ一直線。
鎧竜からどんどん引き離されていく。雑な米俵担ぎにされながら、エイデンの背中を叩いてもがく。
「何するの!貴方、人魚姫さんが死んじゃってもいいの!?フッたからどうでもいいの!?」
「いいわけあるか!でも共倒れになったらどうするんじゃ!視野を狭めるんじゃない!」
苦し気な声音でそう叱責されて、言葉を詰まらせる。そうだ、エイデンもきっと私以上の自責の念に駆られているはず。助けたいはずなのに、その衝動を押し殺しているのだ。
「なんとかして終末に打ち勝つんじゃ……!じゃが水中という条件がきついのぅ……!わしもツバキもルティナも、万全ではない!」
「っ、まずは鎧を剥がしてやらなきゃよね……。しかしどうしたものかしら」
常ならばエイデンが蔓で拘束し根で攻撃、私とツバキが攪乱、ルティナが止めという流れで魔物を倒す。世界樹の物量と火力でゴリ押ししていたから良かったものの――と考えて、歯を食いしばる。
最大の武器も、今この場では使えない。
「何かっ、竜の鎧を破れる武器を……!付け焼刃でもなんでもいい、何かないの!?」
付け焼刃、と自分で叫んで気付く。
降り立ったところの近くには小さな鉱山があった。塔に食い込むようにして水底から突き出している、青緑と赤紫の石が入り混じった山。
私は山の中から、赤紫の石を拾い上げる。
「これは……」
牢屋の格子に使われていた、ルティナの刺突魔法を受けてもびくともしなかった石だ。ほろほろと崩れて辺りに散らばってる青緑のものとは違い、傷一つない表面をつるりと晒している。
刺突魔法の威力のほどは身に染みている。それをものともしないなんて、よっぽど頑丈な鉱石である証だ。
「エイデン、糸口が見つかったかもしれないわ」
「ひぃ、姫様、姫様がぁ!おい放せ、放すんだ行かせてくれ!」
「駄目や!行ったら死んじまうんよ!?」
近衛兵ビルジーはカーフィが竜に取り込まれていく姿を見て我を失っていた。飛んでいこうとする彼女をツバキが尻尾を駆使して羽交い絞めにしている。小鬼とルティナも押さえ込むのを手伝っていた。
「ビルジー」
「おい、こんなの聞いてないぞ!どうして姫様があんなクソ下衆野郎に…っ!」
「ごめんなさい。後でどんな文句も罰も受け入れるから、今だけは協力してくれない?あいつを倒さなきゃなの。だから、竜宮城の石をちょうだい」
早口でまくしたてながら、ツバキと小鬼に向き直る。
「二人とも、地上に行ってダークエルフの職人を呼んできてくれない?できる限りのスピードで」
「分かりました」「何がなんだか分からんけど、策があるんやろ?巫女さんを信じるで!」
二人が地上へと大急ぎで浮き上がっていく。かたやビルジーは茫然としていた。
「何をするつもりなんだ……石が必要とは、一体」
「赤紫の鉱石をありったけほしいの」
「赤紫……?青緑ではなくて、か?あんな硬いものに何の使い道が……」
「ごたくはいいの。用意して。いや用意しろ。早くしないと手遅れになるわよ!」
至近距離でそう叫ぶと、ビルジーは弾かれたように顔を上げて納屋の方へ駆けていった。
この策が吉と出てくれればいい、とは言わない。吉と出てくれないと困るのだ。手立ては一つっきり。
「巫女、お主はもしや」
「ええ!鎧竜を破る武器がないなら、作ればいい!ここで最強の剣を打つのよ!」
今まで出会った鉱石の中でおそらく一番硬い竜宮城の鉱石と、ダークエルフの匠の腕があれば。
国作りでそうしてきたように、道が開けるはず。
「名付けて、付け焼刃作戦!」
ダークエルフたちが来てくれるまで、とにかくカーフィが完全に取り込まれるのを一秒でも遅めなければいけない。
鎧竜の腹に半分呑み込まれたカーフィを見据え、私は息を大きく吐いた。
「ルティナ、威力が落ちていてもいい!ひたすら『刺突魔法』を敵に浴びせて。ただし、攻撃を受けないようにしてね」
「了解だ、巫女さん」
「えーっと、それじゃエイデンは……」
「わしも敵を煽るくらいはできるからの、一緒に戦うぞ」
三人で鎧竜の懐へ飛び込んでいく。
囚われの人魚姫を助けるため、私たちは決死の覚悟で終末に立ち向かう。




