事の経緯
時は少し前にまでさかのぼる。
私は塔の近くの納屋に設けられた牢に小鬼、ツバキ、ルティナの三人と一緒に閉じ込められていた。
「うう……お腹空いた……。稲荷村の油揚げが恋しい……」
「そんなこと言われたら私もよだれが……。油揚げをぱりぱりに炒めたやつが食べたいわ」
「アブラアゲ?はありませんけどエイデンさんがくれた木の実ならありますよ」
「木の実って、これ聖樹のものだろう!そんな神聖なものを!」
狭い牢屋の中で木の実を分け合ってちびちび食べる。ハート形のもっちりした殻の聖樹の木の実は濃厚でおいしかった。……罰当たり感は否めなかったけれど。
「エイデン、人魚姫に言い寄られてないかしら。うまく切り抜けてるわよね」
返答する者は誰もいなかった。三人は困ったように目を泳がせる。エイデンが人魚の餌食になっていると思うと気が気ではなくなった。
腹が膨れて元気になった私は牢屋の格子に押したり引いたりする。ビルジーは城内の見回りだと言って出払っている。
今なら魔法か幻で脱出もできる、と思ったのだがそう上手くいくはずもなく。
格子はルティナの刺突魔法を受けてもびくともしないほど頑丈な赤紫の鉱石で作られていた。
羨ましいこの石、ぜひともうちにほしい。
「うちが霧になって逃げ出そうにも尻尾が……。もう少し尻尾が小さければいけたんやけど」
「ツバキさんに非はありませんよ。ただ、自力じゃ超えられないのは間違いなしです」
額を突き合わせてどうしたものかと考えあぐねていると、そこでビルジーが帰ってきた。
一仕事終えたという風に首をこきこきと鳴らしている。なんだか嫌な予感がした。
「ビルジーさん、貴方何しに行ってたの?」
「ん?ああお前ら、逃げ出していなかったのか。感心感心。私は世界樹を愛の巣に押し込めてきた帰りだ」
「ふーん、世界樹を愛の巣に……愛の巣?ええっ!?」
私は喉を潰しそうな勢いで絶叫した。お姫様のせいでエイデンが囚われのお姫様に!
「う、うそ、え、エイデンが丸呑みにされちゃう!骨までしゃぶりつくされる!」
「おい、姫様をなんだと思っているんだ。お前ら早く竜宮城から帰れ。世界樹はもはや、お前たちのものではない」
そう言われてのこのこ引き下がると思っているのか。さらに椅子にかじりついて喚きたてる。
「嫌よ!終末巫女と世界樹が揃って初めて成り立つ国作りだもの!連れ戻すまでは帰らない!」
「この期に及んでまだそれを言うか!子守歌代わりに呪歌を聞かせてやろうか?」
堪らず口を噤んだ。超絶が枕詞につく音痴な歌は一回食らっただけでもへとへとになる。何回も食らえば気絶は必至。
この呪歌さえなければ、人魚だってもう少し相手にしやすいのに――と考えて、そこで思い至った。
ほぼ直感のようなものだが、気付けば口を突いた。
「私、人魚の歌を治せる」
ビルジーの目がはっきりと見開かれた。レイピアに添えられた手がぴたりと止まる。
「……は?もういっぺん言ってみろ」
「私なら人魚の呪歌を治せるのよ!巫女だけに許された技能、『浄化』で!」
ビルジーが出した条件は一つ。
それは、人魚にかかった呪いを全員分解けなければ、エイデンを諦めるということ。
その厳しい条件を呑み込み、私たちは納屋の外に出された。すぐさま塔の最上階へ、足で水をかいて浮上していく。
細かい泡はゆるやかに上へと導いてくれた。水底から離れるにつれ、どんどん町の風景がちっぽけになっていく。
塔の壁に空いた窓に辿り着いたところで、ルティナの刺突魔法でガラスを割り中へ転がり入った。
受け身をとって立ち上がり、廊下を全速力で駆ける。突き当りにその部屋はあった。
「エイデン!」
扉にはおびただしい数の錠が巻き付けてあった。いくら力んで引っ張っても私の非力さじゃ解けない。四苦八苦しているとルティナに肩を叩かれた。
「どいて。—―『刺突魔法』」
詠唱を省略し、最小限の威力でもって槍で突き刺す。分厚い錠が一つ残らずごとりと落ちた。
私は体当たりをして扉を開け放つ。
「無事!?大丈夫、えいで……っ」
部屋の中央に独り突っ立つエイデンを見て、一瞬言葉に詰まった。その横顔はなんだか物憂げだった。
「おお、巫女か」
「おおじゃないわよ!なんかされなかった!?平気!?人魚姫は……」
エイデンは無言のまま顎でベランダを指した。扉は全開になっていて、カーテンがふわふわと揺蕩っている。さっきまでここに誰かがいたようだ。
「カーフィはそこから出ていってのぅ……。もう大丈夫じゃ」
「なんですかエイデンさーん、歯切れ悪いじゃないですか、まさかフッ……フッたんですか……?」
ふざけた調子で尋ねていた小鬼が声を落とすと、エイデンは小さく頷いた。
どういう経緯でフッたのか、興味は湧いて尽きないけれど。
「エイデン、協力してほしいことがあるの!」
「協力?それはどういうことじゃ」
部屋の外から様子を伺っているビルジーに気付いたのか、エイデンの顔が険しくなる。
「もしや……終末を呼ぶのじゃな?」
「ええ!」
この竜宮城が、再び美しい歌声で満ちるように。私は恐れを振り切って手を合わせる。
「さぁ、終末巫女として仕事しますか!」




