人魚姫の勘違い
「抵抗するな。お前はこの竜宮城を支える世界樹になるのだ。姫様自身がそう望んでいるのだ」
近衛兵ビルジーにそう言い残され、エイデンは再び尖塔の最上階に放り込まれた。
部屋の扉に南京錠をいくつも重ねがけしているようで、廊下から激しい金属音が聞こえてきた。
エイデンの顔が徐々に絶望から諦めに変わっていく。
部屋の中央ではカーフィがめそめそと泣いていた。
「うう、エイデンはそんなにワタシが嫌いなの?逃げ出そうとするなんて……」
「お主なぁ、五年ぶりに会った奴にアプローチされても戸惑うだけじゃ。こういうのは段階を踏まんと」
「そ、そうしたらワタシのこと受け入れてくれる?」
「……」
さっと目を泳がせる。煮え切らない態度に腹を立てたようで、カーフィは破壊魔法級の歌声を解き放った。
部屋を揺らす大音声にエイデンは目を回し床に倒れ伏した。
「お、お主……反則じゃよ……」
「この歌を、五年前のエイデンが褒めてくれたじゃない!呪いに蝕まれた、こんな汚い歌を!」
目を丸くするエイデンに、涙混じりに突きつけられたのは、雫の形をした果実だ。大分腐敗が進んでいたが、それには見覚えがあった。
「『百桜の雫』……!まさか、それは……!」
「あの日、エイデンが沢に投げ入れてくれたでしょ!これは一番人を魅了した人魚姫に賛美として贈られるもの!忘れたとは言わせない!」
その一言で、エイデンの眠っていた記憶が呼び覚まされた。
五年前のある日、死の地を訪れる人がいなくて暇だったから、何気なく鉱山に立ち寄った。沢のせせらぎを聞きながら、吟遊詩人が来たらいいのにとぼやいた。
それから自分はどうしたか。
母と世界を回って収集していた植物の一部を沢に流したのだ。
どこか異国の地に流れ着くことを祈って。この時水底から声が響いていたような気もする。
全てを悟ったエイデンは尋常ではない沢を流し始める。
「か、カーフィさん、あの……」
「責任とて!ワタシと結婚して!」
「話が飛びすぎじゃ!いいか、落ち着いて聞いてほしいんじゃ、その……」
「何?」
カーフィのひび割れた顔を目の当たりにすると、言葉が詰まった。
ひどく悲しんでしまうのを分かっていて、全てが勘違いでしたなんて言えるわけがない。
エイデンは口を噤み、代わりに服の袖をたくし上げた。カーフィの時が止まる。
そこには手首の先から墨に漬かったような色で染められた腕がある。
「わしも、呪われているんじゃ」
つとめて落ち着きはらって淡々と言葉を紡ぐ。
「屋敷を建てた頃からかの。徐々に浸蝕スピードが速くなっていって……体の半分くらいは呪いに覆われたかのう。わしもお主と同じじゃ。死の地の呪いにかかっておる」
本当は巫女が事故でかけた呪いだけれど、死の地と結びついているのは事実だ。エイデンの表情から嘘を見い出せなかったカーフィが頭を振る。
「うそ……そんなこと……」
「じゃからの、わしが言いたいのは……」
「エイデン!もう結婚しよう!」
「ええい話は最後まで聞くんじゃ!」
シリアスな雰囲気をぶち破ってカーフィが抱き着いてきた。エイデンは押し退けることができずにじたばた暴れる。
「いっ、いいか!わしらの呪いを解く方法が一つだけあるんじゃ!」
「方法て?」
不思議そうに首を傾げる人魚姫に対し、世界樹は堂々と言い放った。
「それはの、終末に備えて、国を発展させることじゃ!」
国を発展させるには終末を呼ぶことが必要不可欠。そして終末に対抗するには国の力を強くすることが大事。
二つは切っても切れない縁で繋がっているのだ。
「わしの仲間にはの、呪いを浄化してくれる巫女がいる。終末を覆せば人々を助けてくれる強力な力を持つ巫女がいるんじゃ。お主の呪いもきっと解ける。わしが頼む。じゃから……行かせてくれぬか」
カーフィは俯いて押し黙った。瞳がゆらゆらと揺れ動き、色々な思いがせめぎ合っているみたいだった。
やがて、エイデンから手を放し、ベランダの窓を開け放った。
「エイデンは、呪いを解くためにミコと一緒にいる。それで、ワタシの呪いも解いてくれる。だから、ここから出て行かなきゃならない、そういうこと」
「まぁ、端的に言えばそうじゃな」
外を眺める人魚姫の後ろ姿は小さく縮こまって見えた。エイデンは少女の真意が分からず困惑する。
「わしはミコと一緒に国を発展させなければいけないんじゃ。じゃからお主と、誓いを交わすことは――」
「もういい!」
振り返ったカーフィから大きな雫がいくつも飛び散った。エイデンははっとして肩を震わせる。
目の前の少女は毅然としていて、確かに姫だった。
「ミコて人が大切なんだね。もう、いい—―二度と会わない、さようなら」
カーフィがベランダから飛び出していく。エイデンは硬直したまま、後ろ姿を見送ることしかできなかった。
どこからか巫女の呼び声が響いてくる。廊下の方か。
雫の形をした果実が部屋のどこにもないことに気付いて、唇を噛みしめた。
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