竜宮城へ突撃
沢の底には岩々に隠されて佇む巨大な城があった。
背の高い塔を囲むように城壁が張り巡らされていて、薄いシャボン玉のようなベールが展開している。
はるか下を覗き込む私はごくりと息を呑んだ。
「死の地にこんな場所があったなんて……ここが人魚の住まい?」
「よし、飛び込もう巫女さん」
「行動が早いわね、一旦待ちなさい」
露骨にわくわくしているルティナが袖を引っ張って急かしてくる。
まんま御伽噺から出てきた竜宮城は見る人を立ち止まらせる威圧感があった。そう、早い話……足がすくんで動けない。
「うそうそ、ここから飛び降りるの……?死ぬわよ?」
「大丈夫、一応防護魔法はかけておく」
「衝突する気ね!?いやちょっとタンマ、少し瞑想が足りなくて……」
「皆で飛び込めば怖くないですよ!そーれ!」
「fあ※djくr!?」
「わああああああ!?」
目を瞑って一心不乱に印を切っていたら小鬼に手を掴まれて奈落へ引き摺り下ろされた。
心臓が宙に浮く。
ツバキと一緒に絶叫のビブラートを響かせて真っ逆さまに落下していった。
「朝の泉、芽を出す花々、降り乱れる木の葉。始まりのないところに影は差さず」
「よっ、よく詠唱なんてできるわねっ!?」
ルティナは落下しながら余裕しゃくしゃくの様子で魔法を唱えていた。同じ魔法でも種族ごとに呪文は違う。ダークエルフのご当地詠唱は基本的に陰鬱だ。
「――『防護魔法』」
透明な障壁で全身が覆われた。肌を撫でつける魔力の圧で分かる。途中で岩の先端にぶつかっても優しくはねて下へと体を転がしてくれる。
そして、シャボン玉ベールに到達した途端――落下が止まり、ゆっくりと吸い込まれていった。
水の中にいるようなのに、息ができる。
私たちは宙を漂いながらふわりと地面に着地した。
目の前には高くそびえ立つ塔がある。私は唖然として辺りを見渡した。
「すごい…きれいな場所……」
城下町のようで、青緑色の石造りの建物がたくさん立ち並んでいた。
全て質素な豆腐の形ではあるけれど、貝殻やら海藻やらでカラフルに装飾されている。涼しげでとても可愛い。
カラカラと鳴る真珠の空に目を奪われていると、誰かに肩がぶつかった。
見ると、お面をした人魚の女性がいた。
「すまない……ってあ!お前たち尾ひれがないではないか!」
面の奥の瞳が私たちの足元にぎょろりと落とされる。それから問答無用で連れていかれた。
女性は私の手を掴んだまま路地へと入っていた。
「いきなり何するの!貴方は何者!?」
「こっちの台詞だ!何故人間がこんなところにいる!人魚たちに連れ去られてしまうということが分からないのか!」
灰髪の女性は整った柳眉を吊り上げてそう怒鳴った。あまりの剣幕に、怖いもの知らずのルティナまでもが怯む。
「……そういう貴方は、そんなことしていないじゃない」
「そりゃ私はな!城の近衛だから愚かなことはしない。だが歌を奪われてしまって傷心中の人魚たちは違うぞ」
歌を奪われた……エイデンの言っていたように死の地の呪いで汚染、つまり途方もない音痴になってしまったということだろう。
「つ、連れ去るってどうしてなん?」
「人魚は歌で人を呼び寄せる。だが、呪いにかかってからは訪れる人がめっきり少なくなって……。あー、もういい、とにかく早く着替えろ!」
荷物をごそごそやっていた男性が投げ渡してきたのは尾ひれがついた大きな靴下だった。
おそるおそる履いてみると足にぴたりと吸い付き、あっという間に巫女人魚が完成。
ちょっとぶかぶかだけれど十分人魚だ。
「あら、案外動きやすいのね」
「昔からの伝統でな。人間が現れた時にはこれを与えてやるのが近衛の決まりなんだ。まぁ、数十年近衛をやっていて今初めて渡したが」
「数十年!」
見た目は妙齢の美女なのに。レイピアを腰に佩くベテラン兵は絵になる仕草でふぅと息を吐く。
「私も夢かと思ってお前らに接していたが……夢じゃないみたいだな。こんなチンケな四人組が夢に出てくるはずない」
「……ほめ言葉と受け取っておくわ」
「なー巫女さん、チンケってなんなん?」
巫女、小鬼、狐、ダークエルフ。この闇鍋パーティをチンケと言わずしてなんと言うのだろう……。
私は自分よりずっと背が高い相手に手を差し出した。
「ありがとう、巫女から心からの感謝を」
「ミコ……?変わった名前だな、私はビルジーだ」
「よろしくビルジー」
ビルジー、と名乗った近衛兵は長身を折って丁寧にお辞儀してくれた。引き締まった顔をして問いかけてくる。
「それで?ミコたちは死の地に住んでいるのか?最近上が騒がしいと思ったら……人が移り住んできたのか?」
「そう、今はダークエルフのための家を作っているの。これからどんどん賑やかになっていくと思うわ」
「ふむ……エイデン以外にも人がいたのか」
「えっ、エイデンを知っているの!?」
思わず大声をあげて詰め寄ると、ビルジーは驚いてのけぞった。
「あ、ああ知っているが……。話でしか聞いたことがないが、姫様が会ったというものでな……」
「へぇ、姫様が!姫様……えっ?」
五年ぶりの再会の末エイデンをかどわかした人魚、カーフィ。エイデンに会ったことのある姫様。
二人の像が結びつき――私は唇をわなわなと震わせた。
「まさか、まさか……!」
事の重大さに気付いた私は、冷静さをかなぐり捨てて叫んだ。
「エイデンを連れて行ったのって、人魚のお姫様っ!?」




