鉱山に住まう呪歌の歌い手
「……どなた?」
突然沢の水面から現れた女性は、整った顔にいたずらっ子のような笑みを浮かべていた。艶やかな黒髪は水の中に漂っていて、尾ひれがぴょこんと出ている――そう、人魚だ。
人魚はエイデンを目にするなり黄色い叫び声を上げた。
「ア—っ、エイデン!」
「げっ」
珍しいことにエイデンが心底嫌がるように呻く。人魚はひれをぶんぶん振って壁に近づいてきた。
「エイデン、戻てきてくれたんだ!ワタシの歌を聞く気になた!?」
「いやいやいやいや、違うんじゃ。き、聞きたいのは山々なんじゃがな、今はそういう場合じゃ……」
「いくよ!ラア――」
「んぎゃあああー!?」
私は咄嗟に鼓膜を塞いだから助かったけど、かなりひどい歓声が撒き散らされたのは想像にかたくない。現に直撃したエイデンは頭を抱えてもんどりうっている。
人魚の方はすっきりした表情でにこにこと微笑んだ。お、おそろしい……。
「どう?少しは上達したでしょ?前に会った時より」
「じょ、じょうたつしてるのぅ……ガハッ」
「わーエイデンさんが瀕死です!破壊力えげつないですね!」
いつの間にか耳栓を装着していた小鬼が、這いつくばるエイデンの背をさする。ひょっとして灰翡翠を打ち込まれた時より元気がないのでは?
隣では防御が間に合わなかったツバキが泡を吹いてひっくり返っていた。
「これが呪歌……。外の世界にはこんな恐ろしいものがあるのか。童はまた一つ賢くなった」
「うーん、呪いっていうほど悪影響を及ぼすものではなさそうだけれど……」
「何言っているんじゃ!世界樹が一発で瀕死になるんじゃぞ!」
「ねぇ、人魚さんはどうやってエイデンと知り合ったの?」
鬼気迫った顔つきで口角泡を飛ばすエイデンはスルーし、人魚を見つめる。
神秘的であどけない印象の子だ。巫女適性が高そう。
「エート、ワタシはカーフイて言うんだけど、エイデンとは五年前に知り合た。ここが死の地になてから訪れる人、めっきりいなくなった。そんな時にエイデンはここに来て、言てくれた」
カーフイはうっとりと頬を赤らめて呟く。
「『お嬢さん、僕のために歌を歌ってくれませんか』……て」
「待て待て、脚色するな」
慌てた様子で割り込んできたのはエイデン。その取り乱しように私はじろりと視線を投げやる。
「そんな奴だとは思わなかったわ」
「そんな奴ってどういう奴じゃ!誤解しているようじゃけど、わしは水辺に座って『あー、暇だな、歌作ってくれる吟遊詩人でも来てほしいな……』って独り言言ってただけなんじゃ!断じてこいつに歌ってくれなんて頼んどらん!」
真実を知ったカーフィが、頭上にガーンという効果音を残してめそめそと泣き崩れてしまった。
「ソンナ―、あんまりだよ……。アナタがそう望んでくれたから歌う勇気が持てたのに……。迷惑、だたの……?」
「……エイデン、最低」
「最低ですよ、エイデンさん」
「わしが悪いのか?だって問答無用で歌を浴びせてくるんじゃもん……」
妙な空気になる中、申し訳なさそうに頭をかくエイデンがカーフィに近づくと――、突然腕を掴まれた。
「引かかたね、エイデン!このままあなたは竜宮城行き!」
「うわ、ちょ、おい、放すんじゃ!」
そのまま沢へ引きずり込まれていく。一糸まとわぬ美女が纏わりつき、エイデンはあたふたともがく。蔓はすっかりのぼせ上ってしまっていて、陸に取りつこうとしても萎れるばかり。
救助する代わりに拳骨でも落としてやろうかと袖をまくったその時。
エイデンはカーフィと一緒に渦に巻き込まれて沈んでいった。
「あっ、エイデン!?」
呼びかけても気泡が一つ返ってくるだけだった。二人が消えた地点を唖然と見つめる。歌声と叫び声が水底から木霊してきた。
「ど、どうしましょ……。連れていかれちゃったわよ?」
「さすがに殺されることはないと思いますが……。別の意味で殺されてしまうことはありそうですね」
「別の意味?どゆことや?」
小鬼の真意が分かってしまった私は目を泳がせる。早く助けてあげないと、エイデンの耳と身と心がもたない。
「それに……カーフィに連れていかれたままなのはなんだか癪だわ。取り返しに行きましょう」
「しかし、どうやって?巫女さんって泳げるんですか?」
「……」
泳げたらすぐにでも飛び込んでいただろう。
そこで、ルティナが腰に佩いていた槍を引き抜いた。
「童、できるよ。刺客として、突き刺す魔法だけは極めてきたから」
「つ、突き刺すって……何を?」
いつもは無表情のルティナがにやりと笑って穂先を沢に向けた。真っ黒な鉱石が跳ね返す光に照らされ、先っちょがぴかりと光る。
「杯、冠、寿ぐ詩歌。暗き安泰を陽光差さぬ岩窟へ。—―『刺突魔法』」
その小さな呟きで極大の軌道が水面に落とされた。
信じられないことに、ぱかりと。
水が真っ二つに割れて、中央の底が露わになった。
「これで行けるな、巫女さん」
大きく開いた沢の口からは巨大な城のようなものが見えた。




