死の地の鉱山
「鉱石、のぅ……」
家対決が終わった翌日。死の地にダークエルフの平屋が次々と建てられる中、私は屋敷でエイデンと話し込んでいた。
「ダークエルフだって職が必要でしょう?彼らの加工技術はいろんなことに生かせるわ」
「そうですよエイデンさん!鉱石加工してガッポガッポ!うちの国の強みにもなります!」
「じゃけど、の…」
何故か渋るエイデンに小鬼と一緒に詰め寄る。この国を大国にするには他にはない特色が必要だ。それに、鉱石があれば建造物の幅も広がる。
畳の上でルティナとおはじきをしていたツバキもこくこくと頷いた。
「燭台とか文机とか屋敷の小物だってあの人らが作ってくれたやん。小物細工もこなせるなんてなかなか珍しいんよ」
「童たちは洞窟暮らしが長かったから。エルフたちの鼻を明かすために精進は怠らない」
おはじきも図案を渡しただけでちゃちゃっと作ってくれた。……ご丁寧にも灰翡翠で作られているから、毒殺されかけたエイデンは触ろうとしないけれど。
本人は困ったように翠色の巻き毛をかいた。
「わしだって鉱石は採掘したいんじゃ。じゃがの……」
「鉱山には怖い奴らがいるんだ」
そこで、エイデンが濁した言葉を引き継いだのはモスアトマだった。小さな体があくせくしながら縁側に上がり、ぴょんぴょん跳ねてやってくる。かわいい。
「モーちゃん!どこ行ったのかと思って心配したのよ!すぐどっか行っちゃうんだから…」
「変な名前つけるんじゃねー!あと猫みたいな扱いするな!抱き着くのも禁止!」
もがいても無駄だ。手足もないまんままりもの見た目では逆らうことはできない……!
結局、モスアトマはいつものように皆の抱きぐるみになった。
私はほくほくしながら腕の中のモスアトマに話しかける。
「怖い奴らって何?虫?それなら私はいけるわよ」
「あいつらは体を齧ってくるからこえぇが……そうじゃない。死の地の東の端っこ、鉱山の中には……人魚がいるんだ」
「人魚?」
人魚というと、愛しい人を思って海辺で歌う、あの?ロマンチックな種族で故郷では女子たちの憧れの的だった。
まさか死の地にいるなんて思ってもみなかった。
「人魚がいるの!?なんで今まで教えてくれなかっのよ、エイデン!」
「あーうん、思い出したくないんじゃ……別の話にせんか?」
「エイデンさんはそこの人魚に気に入られてしまって四六時中歌を歌われているんですよね!」
「おい言うな小鬼!」
慌てふためくエイデンに、私は白い目を投げやる。
「……疚しいことでもあるの?」
「ないっ!ないぞ!昔ちょっと鉱山にお邪魔したら、人魚に追いかけ回されてそこからトラウマになっただけじゃ!」
「いやー、しかしその理由が抱腹もので……むぐっ」
口を塞がれた小鬼が持ち上げられ、宙を舞う。縁側から外の庭に放り出されていった。
ごほん、と大きな咳ばらいが一つ。
「とにかくじゃ。死の地の呪いのせいで、人魚の歌は汚染されておる。耳にしたが最後、意識を奪われ、鉱山の奥に誘われてしまう。彼女らの歌はそれほどの力を持っておる」
「なるほど…恐ろしいわね」
「そうなんじゃ。恐ろしい音痴なんじゃ」
いやそっち?
ぽかんとする私の様子には気づいていないらしく、エイデンは神妙な面持ちで話を続ける。
「鼓膜が割れるほどの音痴なんじゃ……。いつぞやの水唄蛇よりもよっぽど酷い。理性は吹き飛び、正気を失い、方向感覚が曖昧になる…これぞ呪歌……」
「小鬼、ツバキ、ルティナ―。行くわよ」
「「「はーい」」」
「ちょっと待て最後まで聞くんじゃ!」
聞くのも馬鹿馬鹿しかったので、皆を連れて屋敷の外に出ていく。エイデンが転げるようにして駆け寄ってきた。
濡れ羽色の鉱石が突き出た小高い山の前で、ひと悶着起こっていた。
「嫌じゃ、遠慮しておく!わしは入らん!」
「遠慮もへったくれもないのよ!鉱山から採掘するには人魚と和解しなきゃいけないでしょー!?ここは顔見知りのエイデンが行かないと!」
エイデンの服の裾を力の限り引っ張っていると、蔓で手をはたかれた。よほど中に入りたくないらしい。医者を嫌がる子供か。
「エイデンさーん、行きましょうよー、ぼく一人じゃ守り切れませーん。盾役がいないと」
「お主が犠牲になれッ!いっぺん人魚に追いかけられればいいんじゃ!」
小鬼に押されてじりじりと入り口に近づいていくエイデン。とどめにルティナの素手刺突魔法で押し込まれた。
鉱山の中は真っ暗だった。ひんやりとしていて、沢の音がかすかに聞こえる。
とりあえず明かりをともそうとツバキの尾を掴んだ。
「ツバキ、『狐火』」
「はっ、はいぃ!」
ツバキは燃え盛る炎に変化した。残された尾を高く掲げて、松明代わりにする。
周囲が煌々と照らしだされた。
そこは真っ黒な鉱石に四方を囲まれた空間だった。ピカピカに磨かれた足元には自分の姿が映り込んでいる。
感心して見入っていると、ふと透き通った声が響いた。
「ばあ」
ぎこちなく顔を上げて、前方に視線を移す。
沢の上にひょっこり浮かんでいたのは、綺麗な顔立ちをした一人の人魚だった。
読んでいただきありがとうございます。
小さい頃は狂ったようにおはじきでマンカラをしていた覚えがあります。巫女もきっと故郷でそうしていたのでしょうね。




