祈りを懸けて 後編
トロールを倒した後、どよめくダークエルフたちの中から現れたのは—―杖をつく老人だった。
「あんたさんが、遠方の国からやってきたという使いですか……フガフガ」
「はい、巫女と名乗らせていただいています」
「左様ですか」
老人は、置き土産に残されたトロールの牙に腰かけた。そして、見定めるような目を向ける。
「何やら若者が騒がしいと思い、老体を引きずってここまで来てみれば、なんとまぁ……。トロールが倒されているというではありませんか。フガフガ」
「あっちからケンカをふっかけてきたので、買っただけです。私はここにいる人たちの命を守ろうと」
「フガフガ。優しい終末巫女ですね」
「ありがとうござい――え?」
一目で通り名を看破された。私は老人の前で技能を使っていないはずなのに。
「分かりますよ。曲りなりに二千年も生きておらんので。さ、ダークエルフのご意見番、長老として聞きましょう。あなたは終末を呼び寄せてまで何を示したかったんですか?」
試している—―否、チャンスをくれているのだ。私は大勢のダークエルフに向き直る。
怯える瞳、好奇心でいっぱいの瞳、無関心そうな瞳、輝きを放つ瞳。
一つ一つを認めて、思いを絞り出す。
「私の国に来てほしい」
それから顔を上げ、腹の底から叫ぶ。
「終末を退け、世界一の幸せな国を作る、その手伝いをしてほしい!」
洞窟中がしん、と静まり返る。
皆はポーカーフェイスで口を真一文字に結んでいる。何かとんでもないことを言ってしまったのだろうか。私だけ時が止まってしまったみたい。白けたなら白けたと言ってほしい。
と、顔から火が噴き出しそうなほど恥ずかしくなっていた時――
「童は」
透き通った声が通り抜けた。気付けば、ルティナが真後ろに立っていた。
「童は、巫女さんに一票」
私を含め、誰も一言も発しない中、一人のダークエルフの主張が続く。
「巫女さんの王国は、温かった。仲間を殺そうとした童のことを、ただ憎むんじゃなく、ちゃんと事情を聞いて、誰も傷つかない道を作ろうとしてくれた。あそこの人たちは憎悪で結束していないし、憎悪を糧に暮らしているんじゃない……。ただ、自分が生きたいままに」
ルティナはそこで言葉を切り、持っていた槍を投げ捨て、前に歩み出た。
「童も、生きたいままに生きる!だから、巫女さんの王国に行く!穴蔵に閉じ込められていた分、自由な生を謳歌するんだ!皆はそうしたくないの!?」
出会った時、人形のように張りがなかったルティナの瞳に、今、強い意志が宿っている。
その様子に、ふと、涙が零れた。
自分でも理由はつかめない。
ただ、私がエイデンたちと共に築いた王国が、誰かの心を動かしたのなら。
私がルティナの憎悪に終末をもたらしのたら。
そう考えると、無性に泣けてきた。
「……俺も」
ルティナに続いて、おずおずと手を挙げたのは、フォルだった。遅れてテルミアも。
「ま、トロールと相手できるくらい強いなら、いいかなって」
それがきっかけだった。
三人にならって、他のダークエルフも手を挙げ始める。徐々に話し声が戻っていく。
やがて、無数の手が眼前に広がった。
異を唱える者は、一人もいなかった。
「やった!やったなぁ、巫女さん!」
「エイデンさんの犠牲が報われましたね…!良かったです!」
「エイデンはまだ死んでいないわよ…!ああでも、ふふ、よかったわ!」
私はツバキと小鬼と共に手を取り合って飛び上がる。
私たちの国が他の国を変えた瞬間だった。
死の地に帰ってすぐ、私はエイデンのもとに向かった。
屋敷の一室、床に臥せているエイデンの体を揺さぶる。
「エイデン、起きて!」
灰翡翠の毒を食らって数日、まだ回復の真っ只中らしいけれど……私は見逃さなかった。エイデンの頭頂部のアホ毛がぴょこぴょこと動いていることを。
頭をはたく。スパァンと良い音が鳴った。
「起・き・な・さ・い!」
「おおこの威力!巫女じゃな、久しぶり」
「久しぶり、じゃないのよ!何狸寝入りしてんの心配かけて!」
「わーんエイデンさーん!僕頑張ったんですよー!ほめてくださいよー!うわぁぁぁぁ!」
「おーおー、偉い偉い。やっと年相応の反応をしたな、小鬼」
「ほんま、無事でよかったなぁ……」
三人でエイデンをがっちりとホールドする。今までの苦労を分かち合って、一頻り涙を流した。
世界樹が私たちの涙と鼻水でびしょ濡れになり、心なし元気になった。
「それで、巫女?もちろん上手くいったんじゃろ?」
「ええ、見てよ!」
私は部屋の外に面する障子を開け放つ。
すると、遠くの空に華が一輪、ぱあっと咲いた。
火の粉を散らして夕闇に溶けていく。
ほんの一瞬の、幻想的な光景。
「これは……」
「倭村の花火。火種は狐人たちに作ってもらって、ダークエルフたちが『投射魔法』で打ち上げてくれたの。綺麗でしょ?」
これは、新しい国作りの号砲だ。
領地を広げ、豊かにし、皆の願いを叶えられるような大国にする。
私は滅ぼしてしまった故郷を蘇らせるため。エイデンはお母さんと再会するため。ダークエルフは、エルフを見返すため。
全員で足並みをそろえてやっと、終末を退けられる。
エイデンは次々に咲いていく花火を呆然と眺めていた。
それから、優しげに頬を綻ばせる。
「これが、花火……。なんじゃ、わしの花より綺麗じゃのう、負けたわ」
「そもそも競うもんじゃないのよ。エイデンの花も素敵だと思うけれどね」
エイデンと寄り添って、縁側から花火を見届ける。
「これからも、終末覆すのよろしくね、エイデン」
「そちらこそ、終末呼ぶのよろしく頼む、巫女」
終末巫女と世界樹の影が、畳に二つ伸びていた。
読んでいただきありがとうございます。
前編、完!です。
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しばらく更新をお休みします。




