祈りを懸けて 前編
終末は、一匹のトロール。
岩の棍棒を振りかざすそいつは、邪悪な笑みをしていた。
「……来たわね」
周囲のどよめきが叫喚に変わっていく。横穴から出てきたトロ―ルは、家々を軽く超す背丈だった。私では腰の高さにも満たない。
「ガアアアアアアッ!!!!」
トロールは汚い唾を散らして咆哮する。ダークエルフたちが急いで詠唱する。が、私はそれを遮った。
「大丈夫よ。これくらいのイレギュラー、私たちで対応できるわ」
「できる、って……そもそも、このトロールはどこから湧いて出てきたんだ!ミコさんとやらは何か知っているのか!?」
「さあね。さっきの騒ぎにつられてやって来たんじゃない?」
地面を踏み鳴らし、こちらに近づいてくるトロール。ダークエルフたちの表情が鬼気迫ったものになり、詠唱が紡がれようとする。
私はそこで、小鬼に振り返る。
「お願い、技能を!」
「もー、何が何やら分かりませんよ—―『窃盗』!」
小鬼はトロールへと肉薄し、身軽な体さばきで崖のように反り立った足を登っていく。
そして、手元にまで辿り着き、棍棒を掠め取った。
華麗な武装解除。
ひとまず戦力を削いだ。後はたたみかけるだけ。
「ツバキ!」
「あんな汗臭いトロールに触れんの嫌やけど……仕方ない!」
ツバキはくるりと宙返りし、刃が炎になった剣に変化する。私は剣の柄を両手で握り、唱える。
「『狐火』」
脳天からつま先にかけて、一直線に剣を振るう。
紅色の炎が大きく噴き出し、岩盤ごとトロールを斬断する。少し軌道がずれたせいで一刀両断、とはいかなかった。しかし体の真ん中に刻まれた傷は確実に痛手になったはず。
トロールが絶叫を打ち上げる。洞窟全体が大きく震えた。
「ツバキ、無茶振りしていい?もっと炎の出力上げられる?ただしトロールにしか影響がないようにね。あと火の粉が飛ばないよう火を絞って……」
「無茶過ぎる!巫女さんそれわざとやってるぅ!?みんな幻を便利道具だと思ってー!」
ツバキがやけくそになるほど炎の出力が上がっていく。いいぞその調子だ、ツバキ。
「さっ、終末、覚悟してね!」
炎が天に向かって燃え盛る。私はのこぎりの時の容量で剣を左右に動かす。すると、炎は蛇行しながらトロールの腹へと吸い込まれていき—―大きな衝撃波を生んだ。
腹を赤くしたトロールはますます暴れ狂う。
「ガルッ、アアアアア!?」
「怒らないでよ!イカしてるわよ、そのタトゥー!」
トロールの地団駄を避けながら、思い切って近づいてみる。トロールの体の下に潜り込んだ私は炎で突き上げる。ナニをとは言えないけれど。トロールは声にならない悲鳴を上げた。
「ああああ!うちの頭が!頭がトロールの足の間に!わあああ!」
「帰ったらお風呂で洗ってあげるから許して」
羞恥か怒りか炎はさらに猛る。ツバキには悪いことをした。
というか、私近接戦の才能あるのでは?と地面に転がって悶絶しているトロールを見て思う。もしかしたら巫女よりこういう野蛮な戦いの方が向いていたのかもしれない。
「あれが、ミコ……」
「鬼……」
「これほど力を持っているというのか、セカージュ王国というのは……」
ダークエルフたちが戦々恐々として戦いの行く末を見ている。
よし、興味を引くことは成功した。
あとは。
「倒すわねっ!」
最後の仕上げ。
私は仰向けになったトロールへと駆けていく。
ダメージの蓄積された腹に、最大威力を叩き込む。
が、やはり終末は終末だった。
懐に飛び込んだ瞬間、トロールは起き上がった。
罠にはまった獲物を醜悪に嘲笑いながら。
「巫女さん、避けて!」
トロールが頭突きをしようと迫りくる。ツバキが警告代わりに火花を散らす。
私はそれでも、一歩も引かなかった。
「今!!!!」
岩の陰に隠れるルティナたちに向かって、号令をかける。
私は彼らを信じて、狐火を振り抜く――フリをする。
実際、トロールの脳天に到達するのは光の柱、『落下魔法』のもの。ただし、それはツバキの炎によって覆い隠される。
そう、観客からは「巫女が攻撃した瞬間にすごい光が生まれた」という風にしか見えない。
「名付けて—―『白火』!」
狐火と落下魔法のコラボレーション。
白火はトロールの頭の天辺を貫き、爆音を発した。
風が吹き抜ける。
瞬きした後、そこにあったのは。
粒子と化していくトロールの残骸だった。
「やった……」
終末を、退けた。
手にじんじんとした感触が残る。私は、自分で自分の因果を断ち切った。
何故だか、瞳が潤んで、笑いを堪えられなかった。
「巫女さん、お疲れ様!すごかったで!」
「お疲れ様です。あんな大きいトロールをやっつけてしまうなんて……巫女さんはさすがです」
ツバキと小鬼が駆け寄ってくる。私は二人を無言で抱きしめた。
一人じゃまた、破滅をもたらすところだった。私は皆が確かに息づいているこの時を噛みしめて、強く掻き抱く。
そして。
「巫女さん……」
それを見ていたダークエルフの一人が、呟いた。




