洞窟訪問 前編
ダークエルフの洞窟へ、ちょっとした小旅行。
「ごめんねミタマ、留守番は任せたわ」
「もちろんですよ。死の地と稲荷村は同盟関係にあるんですから。気楽に頼ってください」
稲荷村の実質的なリーダーになったミタマは、風呂敷を渡してくれた。
「これ、小物など旅の必需品です。持って行ってください」
「ありがとう、何から何まで」
屋敷の前には馬車が止まっている。ミタマが手配してくれたものだ。荷台の上からはツバキが尻尾を振って呼んでいる。
「それじゃあ、エイデンをお願いします」
私は深々と頭を下げる。
毒をくらったエイデンは、今も寝室で眠っている。酷いダメージだったため、回復に時間がかかるのだろう。さっき見た時は穏やかな寝息を立てていた。
不安は捨てなければ。
目覚めた時に朗報を聞かせられるよう、私は健闘してくるだけ。
「ああ、心配すんな!もしもの時はあたし達もいるし、こちとらアフターケアは欠かさない主義なんだよ!」
「家……改造しておくから……楽しみにね」
ウメとフキも加わった三人に見送られながら、一歩踏み出す。
全ては死の地の繁栄のため――そして、エイデンにかかった呪いを解くためだ。
「洞窟は、ここから北西にある」
ほど狭い荷台の中で、ルティナはそう切り出した。
周りには果物や鉱石などが入った箱が積まれている。なんでも、狐の御者が行商のついでで私たちを乗っけていってくれるのだとか。ありがたい話だ。
「北西ね……そういえば大きな森があったわね。あそこにエルフたちが住んでいたなんてね」
「ま、俺らが住んでるのはその傍の小さい洞窟だけど」
不機嫌そうな声を投じたのは、他でもない、フォルだった。顔中に草臭い湿布を貼り付けて、唇を尖らせている。
雰囲気は最悪。
荷台にいる人の半分が、エイデンを倒そうとした刺客なのだ。むしろ和気あいあいとした空気になる方がおかしい。
沈黙を破ったのは、手綱が馬を打つ音だった。
「ここら辺で少し、馬を休憩させてくれないか」
御者が馬を伴って川に向かっている間、私は草原の木陰に座っていた。
死の地にはこんな一面の緑はない。久しぶりに感じる、爽やかな風が心地よかった。
「巫女さん……どないするん、これから?ダークエルフを説得するいうても……」
「簡単にはいかないでしょうね。日の光の下で暮らすのは彼らの悲願に違いないけれど、私が思うに――」
「エルフに対する怨恨もあるから一筋縄ではいかない、ってことですよね」
「そういうこと」
エルフを見返してやりたい。洞窟を抜け出したい。
今、ダークエルフたちの心を占めているのは、そんな二つの望みだろう。
どちらも解決しなければ、エイデンを助けることができない。
ふと不安の影がよぎる。死の地にまた刺客が送り込まれていないだろうか。残してきたエイデン達に、何事もなければいいのだけれど。
俯きながら草の葉を摘み、口に当てる。ピュウッと甲高く鳴った。倭村ではよくこうして遊んでいたっけ。
「巫女さん、それはなんだ?」
「これ?草笛よ。見たことない?」
ルティナは興味津々といった様子で顔を近づける。草を一枚千切って差し出すと、おっかなびっくり受け取った。
「クサブエ……どういう武器だ?魔法の溶媒なのか?」
「違うわよ。こう、筒状にして吹くの」
葉っぱを頭にさしたり耳の穴にさしたりと絶賛混乱中のルティナに向け、実演してみる。すると、ルティナはやっと合点がいったように手を叩いた。
「なんだ、笛なら笛と言って。分かりづらい」
「私思いっきり草笛って言ったわよね?ダークエルフは、やっぱりこういうの珍しい?」
「うん、巫女さんの変わってる服も耐魔性のあるローブかと思っていた」
天下の巫女装束も知らないとは……。
と、ショックを受けていた私は、ふと気になった。
ダークエルフは洞窟で一生を終えると言う。ルティナたちのような例外でも、外の世界についての知識は驚くほど少ない。
大半が外界について無知。
そこで――閃いた。
「分かった!」
いきなり立ち上がった私に、ルティナは目を剥いて後退る。
「みっ、巫女さんどうし……」
「思いついたのよ!ダークエルフ全員を、説得する方法を!」
引っ越しを勧めるには、まず死の地の実情を知ってもらうことから始まる。
ルティナの手を取り、満面の笑みで言い放つ。
「ただし……多少手荒な方法になるかもね?」
ダークエルフが住んでいる場所は、いくつもの細い坑道を通った先にあった。崩落しかけている道やほふく前進必須の道もあり、命がけの道中になった。怯えっぱなしのツバキと対照的に、ダークエルフたちは手慣れたものだった。途中で鉱石を盗ろうとした小鬼のこともこっぴどくしょっぴいていた。
「皆はこの先の広場にいる」
断崖の上から、石造りの家が並ぶ集落を見下ろす。
家々の間の道にも、沢が流れる窪地にも、人の姿は全くない。
「全員が広場に集まっている……ってこと?」
「うん。世界樹討伐の報告を待っている」
本当に、ねじくれている。
エイデンの死がそんなに嬉しいのか。
憤怒の感情が湧き上がり、私を奮い立たせた。
「終末の前に、まずは観光と行きますか」




