世界樹の妹?
「へぇ、解毒剤が取れないんだ」
萌黄色の巻き毛をした幼女は、妖しい笑みを浮かべた。気絶したエイデンを抱える私は、咄嗟に身構える。
「貴方、誰?」
「イシュカはイシュカだよ。ほら、そこ代わって」
イシュカは私を押し退けて、解毒剤の持ち主――フォルの前に立つ。
それから、一言。
「『神木弾き』」
パアン、と平手打ちのような衝撃音がした。
同時に、フォルに絡まっていた根が解け、地面に落ちる。
イシュカは無防備になったフォルの懐をまさぐり、小さな瓶を取り出した。
「嘘……今、何やったの?」
魔法でもない。技能でもない。
まるで、ただの身体能力の延長線のような――
「イシュカは、樹にお願いしただけだよ」
小瓶がエイデンの首元に押し当てられる。すると、真っ白な煙が上がり、エイデンの口から毒々しい色の液体が流れ出てきた。
紫がかっていたエイデンの血色がどんどん良くなっていく。私はほっと胸を撫で下ろした。
「良かったぁ……ありがとう」
「うん、灰翡翠が詰まっていただけだね。少量なら万能の薬になるけど、随分たくさん盛られちゃっていたんだ」
イシュカが指すのは、敷石の上に広がった液体。これがルジェライト……?鉱石というには無理があるような。
「ダークエルフの洞窟で採れる物だ。日光に晒されると解ける。暗いところや体内だと固まる。それもあって童たちは外で暮らせない」
ルティナは灰翡翠を指で掬う。軒下の日陰に持っていくと、それは再び結晶と化した。
なるほど、確かにこれでは、建築も居住もままならない。商人だって買い取ってもらえないだろう。
「さて」
と、その時イシュカが立ち上がった。
「イシュカはもう行くよ。今日はイシュカがいなきゃ危なかったね、巫女さん」
「あ、待って!質問に答えて、貴方は一体何者?」
尋ねると、イシュカは顎に手を当てて考え込み、
「この世界樹の恋人……なんて言ったらどうする?」
倒れているエイデンを抱き寄せた。
一瞬呼吸が止まりかけ――持ち直し、私は叫ぶ。
「へっ、変な冗談やめてよ!エイデンがロ●コンな訳ないでしょ!」
「あは、そんなムキになるとは思わなかった」
悪びれずに笑うイシュカ。
……なまはげがいたら、けしかけてやるところだった。
無邪気の下に邪気が隠れている気がしてならない。
「……大人をからかうのは良くないわよ?」
「許してよ、巫女さん。お兄ちゃんの傍にいる人がどんな人か、確かめてみたくなっただけ」
今、聞き捨てならないワードが飛び出したような。
オニイチャン……?
「お兄ちゃん!?」
「うん、エイデンはイシュカのお兄ちゃん。あ、お義兄ちゃんの方が正しいか」
いや、絶対に嘘だ!エイデンは自分の妹のことについて全く語っていなかった!……ってことは、ロ●コンではなく、まさか隠れシ●コン!?
私が大混乱をきたしている内に、イシュカは去って行ってしまった。
多くの謎を残して。
「とりあえずエイデンが起きたら聞きましょ……。ルティナ、フォルを担いで行ける?私はエイデンを引っ張っていくから」
ツバキ達の戦況が気がかりだ。今、どうなっているだろうか。
「巫女さん、無事勝利したで!」
「無事……ね。うん」
ツバキは、縄でふんじばった詠唱士の上でガッツポーズをしていた。
手傷は負っていないようで良かったけれど……私は周りの惨状を見て言葉を濁す。
屋敷の中央は、ぽっかりと更地になっていた。
十分黄昏ることができそうなくらいの広さ。
斜めに突き立った柱の上で、小鬼が気まずそうに笑う。
「いやぁ、こっち攻撃職がいなかったので、逃げ回って相手の魔力を枯渇させるしかなかったんですよ。攪乱することならこの上なく得意な人選でしょう?」
肩に担いでいたエイデンを小鬼に渡し、地べたで胡坐をかくウメとフキの方に向く。
「ここ……直せないの?幻ならパーって作れるんじゃ」
「幻はすぐに消えちまうし……創造魔法はな、大地に与えるダメージがでかいんだよな、魔力を吸い上げるっつうの?」
「そう……。ぽんぽん連発すると大地に怒られちゃうから、あと何日かは待たないと……」
幻も創造魔法も万能ではないようだ。当然か。完璧な種族なんていないんだから。
けれど、この圧倒的に風通しが良い屋敷で数日過ごすのか、と唸っていると、
「フォル……フォル!?」
ツバキに捕まえられていた詠唱士の少女が目を覚ました。
「ルティナ、何やってるの!世界樹側について……!フォルを、返して!放して!」
「テルミア……フォルが心配でついてきたんだな。だが、そちらの相方は倒された。この人らの話を聞く気にはなれない?」
「なれない!あなたはこの人たちに騙されている!あなたもダークエルフの未来を憂いているはずなのに、どうして!」
ルティナは嘆息して、屈みこみ、テルミアと目線を合わせた。
それから。
「童はもちろん、ダークエルフの未来を憂いている。こうやって、誰かを傷つける方法しかとらないダークエルフたちを」
テルミアの腕の縄を、解いた。
当のテルミアは不思議そうに目を瞬かせる。
「だから巫女さん、力を貸してほしい」
そして、ルティナは私の元に歩み寄ってきた。
「ダークエルフたちを、どうか説得してほしい」
それは、黒妖精の洞窟への招待。
私は、一国の主の片割れとして――ゆっくりと、頷いた。
読んでいただきありがとうございます。
ちょっとした小ネタですが、「エイデン」は小さな炎という意味で、「イシュカ」は水という意味です。樹なのに火と水とはおかしいですね




