ダークエルフは拳で語る
そして。
最恐のバフを付与する技能――『巫女舞』は完遂した。
光の柱が細かい花弁となって散り、エイデンに届く。
フォルの手甲がエイデンを貫く寸前で――薄紅色の光が発散された。
光はフォルを弾き飛ばす。
小柄な体が宙を舞い、壁に激突する。その衝撃に、瓦が崩れ落ちた。
エイデン本人は豆鉄砲を食らったような顔をしていた。
「なんじゃこの威力……魔法か?」
「いいえ、巫女の特権よ」
「巫女やべぇ……」
少しやり過ぎてしまったかもしれない。常人なら全身を骨折しているところだが、ダークエルフはやはり違った。
顔を切傷塗れにしたフォルが、よろめきながら歩み出てくる。
「やってくれたね……。死んじゃったらどうすんのさ」
「とか言って、しっかり身体強化の魔法を使っとるじゃろ。これでやっとトントンじゃな」
そう笑うエイデンの方も、紫の血を流していて、すでに満身創痍。両者は今にも倒れそうな状態でにらみ合っている。
「巫女さん、解除して!今すぐに、あの技能を!そうじゃないと……」
「私には制御不可よ。それに、貴方も、誰かが死んで終わりなんて、胸糞悪い展開望んでいないでしょう?」
私はルティナの手を引き寄せ、頭をぽんぽんと叩く。彼女が纏う打掛は、ウメたちが選んでくれたもの。
ルティナはそれを、半分嫌がりながら、半分喜んで着ていた。
必死に隠そうとしていたけれど、年相応に、見たことのない衣服に目を輝かせていた。
私は、そんなルティナを信じたい。
「見届けましょうよ。ダークエルフの行く末を」
目の前では、世界樹とダークエルフの衝突が佳境を迎えていた。
「『根の足』」
袖の下から生えた太い根が、エイデンの腕に巻き付く。まるで籠手のように。
対するフォルは、顔の前で手甲を交差させる。
「ねぇねぇ真似した?俺の武器」
「うむ。ここは平等に、殴り合いでいこうと思ってな」
殴り合いって平等なのか?という私の疑問を置き去りに。
エイデンはフォルに肉薄する。
腰をひねり、渾身の拳を繰り出そうとする。
しかし。
「反撃」
真正面から、籠手に手甲をぶつけるフォル。
ビビッドな色味の火花が散った。同時に、攻撃が相殺され――エイデンが吹き飛ぶ。地面に落下し、何回転かしたところで倒れ伏すエイデン。アホ毛がしょげている。
「バフはあっても、肝心のわしがこれじゃぁな……。毒の分解に全部持っていかれとる……。巫女、応援しとくれー」
「えっ!?ああ、頑張れー?」
人生で初めてこんな無茶ぶりされた。私は困惑しつつ、呼びかけてみる。すると、エイデンは三日ぶりに水をやった植物のように、立ち上がった。
「よし。覚悟はいいかの?ダークエルフ」
「どうする?もう本当に素手での殴り合いにしちゃう?」
「ほざけ」
エイデンは低い姿勢で溜めを作ってから――一気に発走する。
向かうはフォルの懐。駆け引きも何もなく、一直線に突っ込んでいく。
……何も策を考えていないなんてことは、ないだろう。まさか、馬鹿正直に挑むなんて、そんな世界樹様ともあろうお方が。
という私の期待は、あっさり裏切られた。
「ほらもう一回打ってみろ!」
「っ?あれ、効かない?俺の魔力が……」
「さっきより根を厚くしたからのぅ。お主の魔力はそんなものか?」
「そんなわけっ、あるか!まだまだ上げられるよ!」
世界樹とダークエルフが拳をかち合わせている。
力が拮抗しているのか、そのまま動かない。この状態で放っといたら何かの記念像になっていそうだ。
が、私が求めていたのはこんなアツい展開ではない。
「エイデンっ、もうそろそろ限界でしょ!なんでそんな自ら命を縮めるような真似を!貴方そもそも戦闘職じゃなくない!?」
「限界は更新していくもんじゃ!人付き合いも戦闘も、真っ向からが大事なんじゃよ!」
「世界樹語録増やすのやめてぇ!?」
そこで、はっと我に返った。
エイデンは自ら、近接戦闘という相手の土俵に上がり込んでいる。相手からしてみれば、今エイデンの手札は「近づいて殴る」ことしかない。つまり、他の攻撃の手段が、相手の意識から外れているのだ。
エイデンの思惑通りに。
フォルがエイデンを押し返す。
その瞬間、詠唱が朗々と響いた。
「『根の足』」
地面から生えた何十もの根が、フォルに絡みつく。
いくらバフをかけているとはいえ、エイデンの体は弱っていく一方だ。今なら難なく振り解けるだろう。
しかし、フォルが当惑した、その一瞬があだとなった。
「まずは一回、目を覚ましてやろうかのう!」
エイデンが、光に覆われた拳を振るう。
バフの効果を最大限に引き出した、最大威力の攻撃。
それはフォルの頬に届き――衝撃波を生み出す。
さぁっ、と風が吹き抜けた。
フォルは体をのけぞらせ、それから、糸が切れたように項垂れる。
勝った。
そう思った、刹那だった。
「エイデン!?」
エイデンが崩れ落ちた。
地面に倒れて、ぴくりともしない。
――毒が、完全に回ってしまった。
私は慌てて、気絶しているフォルへと駆け寄り、溶解剤を奪おうとする。しかし、フォルの体は根で縛られていて、取り出せそうもない。
どうすればいい。
エイデン、何か言って。
何回だって祈るから、声を聞かせて。
そうして、パニックに陥りそうになった時だった。
「巫女さん、お困り?」
突如、屋根から飛び降りてきた人物がいた。
それは、萌黄色の長髪をした、幼い女の子だった。
読んでいただきありがとうございます。
最恐のバフをかけられても最強になれない世界樹……これで、エイデンにかけられた毒の強さが分かるはずです。




